第10話囚われの天使
マリサ達が任務遂行のために組まれた艦隊は、もう一隻の爆弾ケッチであるボルケーノ号と5等艦のフリゲート艦スパロウ号、デイヴィージョーンズ号との4隻で編成された。デイヴィージョーンズ号は商船という立場でカモフラージュをしている。
全体の指揮はフリゲート艦の艦長が兼ねている。今回は植民地の港を叩くのが目的であり、海賊が本業で白兵戦で鍛えている海賊には慣れていない部分がある。そのため戦力としてはあくまで人員の支援と船での後方支援だった。
マリサはあのグリーン副長に感じた敵意を忘れることはなく、努めて彼の視界に入らないようにし、同じく乗り込んでいる連中のトムやマンディが驚くほどおとなしくしていた。オルソンは副長の動きを気にしながらも四六時中マリサにつくわけにいかず、役目を果たしている。ただ、事情を知らないフレッドは急にマリサがおとなしくなったことを不思議に思っていた。
目的地であるクエリダ・ペルソナ島に付近に来た船団は艦隊の指揮を執るスパロウ号の艦長のもと、作戦について艦長同士で情報が共有された。エトナ号とボルケーノ号で港を襲撃し、港としての機能を失わせるだけで長くは留まらない。その間に応戦してくる船はスパロウ号とデイヴィージョーンズ号が相手をする。ざっとこのような流れだった。短期決戦、それが爆弾ケッチの戦いだった。
そして領海内に入りまっすぐ進んでいく。
戦時下にある敵国イギリスの船が見えたのでスペイン側は慌て、大砲で迎え撃つために高台に人員を配した。
しかし爆弾ケッチはフォアマストの代わりに臼砲を載せている攻撃特化の船であり、喫水が浅いので敵地により近づいて攻撃できる利点がある。二隻の爆弾ケッチは測鉛手が慎重に測鉛しながら読み上げ、その間に臼砲から一発、二発と砲弾が撃ち込まれる。爆弾ケッチの臼砲は命中精度が高いわけではないが、放物線を描いて高い位置から落ち、相手に打撃を与えるという点では十分だった。
ズドーン!
砲弾は港の建物や高台にある要塞めがけて撃ち込まれ、円を描きながら命中していく。破壊されていく街並みや要塞の石垣。あたりは煙が広がる。
「測鉛手、測鉛の結果はどうだ」
スミス艦長の声から緊張感が伝わる。
「まだ大丈夫です、艦長」
「よし、ではそのまま進んで要塞を叩け。これが終われば新鮮なビールが手に入るだろう」
新鮮なビールと聞いて乗員たちがどよめく。臼砲にはオルソンがついて命中精度を上げるために細かな指示を出している。
ズドーン! 一発
ズドーン! また一発
エトナ号だけでなくボルケーノ号からも遠慮なく砲弾が撃ち込まれていく。
ようやく砲撃の準備ができたスペイン側は高台の大砲から攻撃を開始してきた。
金切り音をあげて船団の近くに水柱が何本もあがり、そのたびに船が衝撃波で大きく揺れる。水しぶきがかかりながらも何事もなかったかのように応戦する水夫たちの姿は海軍としての教育の高さを物語っている。先陣をきって進む二隻の爆弾ケッチは確実に港の施設を破壊し、要塞にダメージを与えようとしていた。甲板上の2基の臼砲から砲弾を打ちだされ、敵の頭上へ落下していく。喫水が浅いのでより港へ近づき、エトナ号が撃つ間にボルケーノ号が準備に入るというふうに交互にどちらかの船が砲弾を撃っている。
後方ではスパロウ号が港から急遽出帆したフリゲート艦に応戦していた。敵船とすれ違いざまに左舷側を傾かせ、敵船へ一斉に砲を撃つ。
その船に続いてもう一隻、商船と思われる船が現れたが、いきなり砲門を開き、すれ違ったばかりのスパロウ号に撃ち放った。バキバキっとスパロウ号のフォアマストが折れ、木片があたりに散った。
商船はカモフラージュで、本当は海賊であった。海賊船に反応したデイヴィージョーンズ号は即座に応戦する。しかし今回は港を叩くのが目的だ。深追いはしない。エトナ号もボルケーノ号も撤退するのは今だった。
しかしスミス艦長はさらに敵にダメージを与えようと思っていたのでボルケーノ号より先になって進み、砲弾を撃つ指令を出し続けた。測鉛手が緊張した顔つきで測鉛を続ける。そこへ高台の大砲から1発、また1発と砲弾が撃たれる。
ズドーン!
大音響とともにその一つがボルケーノ号の喫水線に命中し、船体に穴をあけられた船は大量の浸水で大きく傾いていく。水夫たちが逃げる間もなく瞬く間にボルケーノ号は沈んでいった。
完全に敵の大砲の射程内に入っていた。
(今すぐ撤退しなければ、この船もやられる!)
マリサはスミス艦長が撤退の指示を出すものと思っていた。しかしそこへ耳を疑うような指示が聞こえる。
「ひるむな!撃ち続けろ!」
艦長の言葉は絶対である。イエスしかないのだ。
砲弾を撃ち続けるエトナ号であったが、そこへ突然何かの擦れる音とともに船全体に衝撃が伝わった。そしてそのままエトナ号は動きを止めた。
(座礁したな!)
マリサがとっさに測鉛手をみると、測鉛がうまくいっていなかったのか青い顔をして震えている。しかし迷っている暇はなく、早くその事態を抜けださねばならない。
「樽を用意して浮きにしろ、早く離礁しろ!」
スミス艦長の指示で空いた樽を浮きにするよう、動き回る水夫。その間にも高台から砲弾が撃ちこまれるので思うように進まない。
やがてエトナ号は敵船に囲まれてしまった。後方支援にいたスパロウ号もデイヴィージョーンズ号も撤退を余儀なくされる。
エトナ号の甲板上にもすでに戦死者が横たわっていた。
「スペインの同志を海に沈めてくれたイギリスの諸君、よくぞ罠にはまってくれた。礼を言うぞ。ここには海図には載っていない暗礁があるんだ。つい最近沈んだ船という暗礁がね」
スペインのフリゲート艦の艦長があごひげをなでながら言った。この状況では相手にできるものではない。エトナ号は完全にスペインの手に落ち、船は拿捕され、乗員はすべて捕虜となった。
マリサ達は町中から外れた捕虜収容所へ連行された。見た目は白い壁にオレンジ色の瓦で芸術的と言えるが、窓は小さく薄暗い。最初はマリサも水夫たちと同じ収容所にいたが、スミス艦長が水夫たちと同じ牢にレディーを入れるのは紳士的な問題があるとスペイン側に交渉したため、スミス艦長が入っていた士官用の牢と代わることになった。その際グリーン副長と目があったが、やはり何か言いたそうでありながら敵意のある眼差しをしていた。
(グリーン副長はいったい何なんだ……”青ザメ”は女王陛下を相手にしない海賊だ。恨まれるようなことは何もないはずだが……)
気がかりになりながらもマリサは収容所でどう過ごすか考える。自分たちが捕虜になったことをデイヴィスたちは知っているだろうか。スパロウ号もデイヴィージョーンズ号も撤退している。後は国同士の交渉となるだろう。拿捕されたエトナ号は修理され、スペインの所有となるのだ。
(自分で逃げようにも船がないと島から出られない……どう計画したものだろうか)
思うように考えがまとまらない。収容所の小さな窓から潮のにおいがする。町中から離れているとはいえ、海は近いのだろう。
牢にあるのはスペイン語で書かれた書物ばかりで、いくつかの単語しか知らないマリサはさっぱりわからない。おかげで三日もたたないうちに退屈してしまう。ほかの捕虜はまさか拷問など受けてやしないか。連中やフレッドのこともどうなっているかわからないだけに不安がよぎる。
そこへ一人の長髪の男が筆やらキャンバスやら持ち込んでくる。
「セニョリータ(未婚女性への呼びかけ・スペイン語)、退屈しのぎに絵を描かせてもらえませんか。私はこの収容施設で働くカルロスというものです。見てくれは軍人ですが本業は絵描きです。なかなか絵描きでは食べていけなくてしがない軍人をやってます」
英語の教養があるのだろう、言葉が通じてほっとするマリサ。カルロスに比べればグリーン副長のほうが明らかに敵だ。
「何もすることがないので私から断る理由はありません。どうぞご自由に、カルロス」
マリサは笑うと促されるままに椅子に腰かける。捕虜になったときにサーベルは取り上げられたが、サッシュに隠していた小刀は無事だった。もしも衣服を身ぐるみはがされていたら取り上げられてしまっていただろうが、さすがにスペイン側はそれをやらなかった。
(チャンスがくるまで今はおとなしくしておこう。捕虜である我々を助けに来ると信じたい。今は我慢だ……)
あれこれ思いを巡らすマリサをカルロスはスケッチしていく。どのような絵を描くのか、そもそもこれも何かの作戦なのかわからないが、闇雲に様子がわからないまま動くのは危険だ。マリサは笑みを浮かべた。
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