第3話女王陛下の海賊(buccaneer)

 ”青ザメ”は種類わけでいえば海賊(bucceneer)である。この時代遅れの海賊(buccaneer)はその昔、カリブ海を中心にしてスペイン船やフランス船を主に相手にし、敵地に損害を与え、略奪をしてはいくらかを国に納めていた。そうして国の保護下にありながら海賊行為を堂々とやっていたのだが、ライスワイク条約以降イギリスからも敵とみなされ叩かれることとなり、ほとんどは海賊(pirate)へ移行している。

 今となってはイギリスを相手にしないとこだわっていても、イギリスから守られているわけではない。ひどく不安定な立場だった。


 そんな事情もあり、マリサは自分の正体を知っている総督に対し、デイヴィスに黙ってもう一度会うことにした。そこはもう、仲間を守るためだった。血はつながっていなくても自分の父だと言うのなら利用するしかない。

 船を降りて町で馬を借りると一路、総督の屋敷を目指す。腹が立ってイライラしていた昨日とは違い、今日は落ち着いている。


 マリサが屋敷に着くと女中たちがキャーキャー騒ぎ立てた。昨日あれだけのことを言ってのけたのだからそれは仕方がない。そして騒ぎを聞きつけて現れたのはあの海軍野郎だった。

 スチーブンソンはマリサを見ると落ち着き払って話しかけてきた。

「レディ、わざわざぶっ殺しにおいでになりましたか」

「違う!別の用件だ。ぶっ殺しはいつでもやってやるから首を洗って待ってな。てか、なんで海軍野郎がまたここにいるんだ?」

 あの男がそこにいることにイラっとする。

「海賊は再びここに来る、そう確信していましたから。総督もあなたが来るのを待っています」

 彼がそう言うと例の婆やが進み出た。

「お帰りなさい、お嬢様。案内しますからこちらへ」


 婆やに案内された部屋でウォルター総督は待っていた。海軍野郎もシャーロットも一緒だ。

「来ると思っていたよ、マリサ。その目的もわかっているつもりだ」

「それなら話が早い。あたし達"青ザメ"はイギリス船もイギリス領も襲わない海賊だ。しかしイギリスから守られているわけではない。だから頭目として総督閣下にお墨付きをもらいたい。そうすればこの島を守ることもしよう」

 マリサがそう提案すると総督はしばらくの沈黙の後、机上の書面に何やら書きだし、マリサに手渡した。

「特別艤装許可証とイギリス海軍との協力の命令書だ。これがある限りお前たちは女王陛下の海賊というわけだ。ただし、これは対外的なものではない。イギリスはライスワイク条約を守っている以上、立場がある。だから取引をしよう。お前はスチーブンソン氏と結婚するのだ。海軍である士官がいる限り”青ザメ”の仲間もデイヴィージョーンズ号も処遇は保証する」

 総督はじっとマリサを見つめる。なぜだかシャーロットも笑顔だ。

(これは……シャーロットの家出の理由が士官との結婚だったというわけだな……)

 マリサは悔しさのあまり地団太をふむ。落ち着いてここへ来たというのにいきなり突き付けられた理不尽な要求に目を閉じ、歯を食いしばった。自分の返事一つで仲間や船の処遇が決まるとしたら……何より、黙ってここへきて理不尽な要求を突き付けられたことにデイヴィスは何というだろう。マリサは自分の浅はかさを呪った。

「まんまとあんたの策略にはまったわけか。わかった、そいつと結婚してやる。ただ、覚えておきな。あたしの目的は仲間と船の処遇を守ることだ。そいつと結婚することによって何事にも縛られない、そのつもりだからな」

 そう言って書面をしまうと部屋を後にした。それから港への帰り道は腹が立つやらイラつくやらで暴走気味に馬を走らせた。この取引で結局得をしたのは相手ではなかったか。よりによってなぜあの男と結婚をしなければならないのか……。マリサは心穏やかではなかった。


 帰ってきたマリサの機嫌がとても悪かったので、連中は八つ当たりを恐れて距離を置いた。それはもっともよい選択だ。マリサの機嫌が悪い時は何が飛んでくるかわからないし、何を壊すかわからないからだ。

 そして何事もなかったかのようにデイヴィージョーンズ号は港を出る。

「デイヴィス、デイヴィス。ごめん、先に謝っておく。厄介なことになってしまった」

 マリサが船長室へ入るとデイヴィスは何かを察したかのような顔をしていた。

「総督と取引をしに行ったのだろう?なぜ黙って行った。その顔では何か不利な条件を言われたんじゃないのか」

 デイヴィスの問いにマリサは頷くと、総督からもらった書面を差し出した。

「あたしが総督に会いに行った目的は、海賊(buccaneer)の立場が非常に不安定だという事から、その処遇の保証をしてもらうためだった。そのためなら父親と名乗っている総督を利用してやろうと思ったんだけど…結局まんまとやられたというわけだ……ほら、ここの最後の一文を読んでみてくれ」

 マリサは書面のある一文を指さした。読み書きが少しできるデイヴィスもその一文に驚く。

「フレデリック・L・スチーブンソン氏と結婚することが前提……なんだこれは……お前は陸(おか)に上がるという事か。そしてこのスチーブンソン氏とはどんな男なのだ?」

 デイヴィスは顔をしかめている。

「いや、あたしは『結婚することによって何事にも縛られない』って言いきってやった。だから陸(おか)に上がる気はさらさらない。そいつはイギリス海軍の士官だ。昨日シャーロットと間違えてあたしを屋敷へ連れて行った男だ。もともとはシャーロットと結婚させたかったんじゃないのか。だからシャーロットは家出したんだ」

「じゃ、シャーロットのしりぬぐいをするというのか。仲間と船の処遇の保証を考えての事とは言っても……本気でこの男と結婚する気か?」

「……実は全くそんな気持ちはない。これは口約束みたいなもんだし、結婚すると言ってもあたしはこの稼業だから陸(おか)で生活するわけがない。無理な話だ」

 マリサはイラついた気持ちを落ち着けるかのように息を整えた。

「そいつを……いつかぶっ殺す!どこまでもあたしを馬鹿にしているその鼻、へし折ってやる」

 最後のイラつきの感情を込めると小刀を壁に向けて投げつけた。

 

 デイヴィスがのどを潤そうとラム酒に手をやったとき、慌ただしい物音が甲板から聞こえた。

「船長、海軍です!イギリス海軍が接近してきます。こっちは商船の旗を上げていますがどうしますか」

 ドアの向こうから『大耳』ニコラスの声が聞こえた。切羽詰まっている様子だ。マリサとデイヴィスは慌てて船室を出ると甲板へ駆けあがった。

「メ―ソン、艦の名前はわかるか!」

 マリサが檣楼で望遠鏡を使い観察をしているメ―ソンに呼びかける。見ると船尾右舷方向に一隻のフリゲート艦が接近しつつあった。

「あれはグリンクロス島に停泊していたフリゲート艦です。二層甲板で24門、砲列甲板113フィート。確か船名はリトルエンゼル号です」

 海軍の船をよく覚えているメ―ソンがいう事だから間違いはないだろう。マリサは我が耳を疑った。

(おいおい……なんてこった。あいつの船じゃないか……)

 リトルエンゼル号……あの海軍野郎のスチーブンソン士官が乗船している船である。

「お前たち、手を出すな。俺たちはイギリス海軍を敵にしない海賊だ。接近するということは何か用があるんだろう。このまま商船らしくおしとやかに迎えるぞ」

 デイヴィスが興奮気味の連中に待ったをかける。そう、連中はまだ海軍と”青ザメ”、マリサとスチーブンソン士官のことを何も知らないのだ。

 リトルエンゼル号はやがてデイヴィージョーンズ号に接舷すると、甲板にいた若い士官が乗り移ってきた。まさにその人は、スチーブンソン氏である。

 予想のつかぬ展開に連中はあっけにとられている。中には攻撃をされると思って武器に手をかける者もいた。

 マリサはそうした連中を制すると一歩前へでて声をかける。

「レディー(船の代名詞・またはマリサを指す)への挨拶にしちゃちょっと強引すぎないかい、スチーブンソンとやら」

「失礼をお許し願いたい。何分にも封緘命令だったため、行動が今日になった。総督の話でもあったように海軍は君たちと手を結ぶことにした。海軍と君たちが相互に利益関係にある限り、処遇は保証する」

 彼の言葉を受けてマリサは総督からの『特別艤装許可証』『海軍との協力の命令書』を連中に見せた。

「あんたたち、黙っていてすまない。あたしはグリンクロス島のウォルター総督とあってこの契約を取り付けた。イギリスを相手にしないあたし達”青ザメ”だが、イギリス海軍は海賊はみな同じだという認識だ。そこであんたたちとこの船について保証を求めた。それがこの書面だ」

 マリサが書面をだすと、ご丁寧に隅々まで読む者がいた。砲手長のオルソン伯爵である。彼は本物の貴族であるが、小さな田舎貴族なので時々生活費稼ぎに海賊をやっていた。

「この最後の一文はなんだ?お前さん、この男と結婚する気か」

 オルソン伯爵の言葉を受けて連中が騒ぎたてる。

「世も末だ……」

「神よ、憐れみたまえ」

「ついに怨霊の祟りだ」

 口々に嘆く連中。それはマリサの相手となるスチーブンソン士官を憐れんでのことだ。

「うるせーな。あんたたちを見捨ててこの『姫』が結婚するわけがないだろうが!」

 イラつき任せにピストルを天に向かって撃つ。一瞬で静かになる連中。

「というわけだ。最後の一文についてはお預けだ。でも……本当にその時がきたら考えなくもない。今のあたしは”青ザメ”の統率が一番の問題だ。それが責任というやつだ」

 マリサがそう言うと、スチーブンソンは連中に補足説明をする。

「私の任務は”青ザメ”の監視にあります。つまり、私がこの船に乗り込むことでイギリス海軍は確実にこの船を襲撃することも”青ザメ”を捕らえ絞首刑にすることもない。そうなります」

 監視、と聞いてざわざわする連中。

「言葉を逆の立場でいえば、彼はこの船に乗り込むことで『人質』扱いになるだろう。よかろう、彼にはこの船に乗ってもらい、航海長を助けてもらう。おい、大耳ニコラス、今からこの士官がお前の補助をする。面倒を見てやれ」

 デイヴィスの指示にさっそうと従う大耳。

 それを受けてスチーブンソン士官はリトルエンゼル号の部下に指示を出す。

「私はデイヴィージョーンズ号に監視で残る。以後リトル・エンゼル号の指揮はMr.ベントリーに委任する。これも命令書通りだ。秩序をもって行動するように」

「アイアイサー!」

 部下の返事とともに両船は離れ始めた。そして来た時と同じように早いスピードでリトルエンゼル号は水平線のかなたへと消えていった。


 海軍士官というよそ者を迎えることになり、テンションが低い連中。妙におとなしい。こんなに静かな海賊はいるのかと思うくらい、静かにそしておしとやかにしている。それもやがてまたうるさくにぎやかになるだろう。それも同じ海を仕事にしているのでわかりあえることも多々あるのだ。

 マリサは士官が大耳とともに仕事をしているのを見ると、無性に最後の一文が引っかかってならなかった。


「さあ、仕事仕事。あんたたちサボるなよ!怠け者に飲ませる酒は一滴もないからな」

 マリサの声に急にキビキビ動き出す連中。


 女王陛下の海賊(buccaneer)はここにはじまった。


 

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