何も言えなかっただけ

私たちの婚約は、私の一目惚れから始まった。

彼女の優しさや努力する姿、できないことには教授たちに何度も質問をして理解していく姿に好感をもった。

目が離せなくなった。

次期当主以外の貴族に婚約制度はない。

彼女は第三子、すでに次期当主は兄が指名されている。

そして私も兄が王太子となっており、私は臣籍降下が決定している。


しかし、私が賜るのは公爵。

彼女は伯爵令嬢から公爵夫人になれるのだ。

婚約を申し込めば喜ぶだろう。


そんな私の期待を彼女は断った。

私は王子、のちの王弟だ。

公爵家の中でも上位にあたる。

彼女の知性を活かすには私と結婚することが国のためだ。


父や兄にそう訴えた。

その努力は実を結んだ。


ただし、条件がひとつ加えられた。

『正当な理由がある場合、下位である彼女から婚約破棄ができる』というものだ。

婚約破棄に繋がる正当な理由などあろうはずがない。


私は卒業後の婚約発表を楽しみにしていた。

それが……わずか二ヶ月で婚約破棄をされた。

それも父が認めて、二度と婚約もできない。

友人関係も許されず、話しかけることすら認められない。


先日のパーティーで婚約破棄が決定したというのがヒントか?


あの日、私はパーティー会場で婚約者を待った。

彼女は金色の髪に似合う薄緑色のドレスを身を纏い、隣に立つ彼女の妹が引き立て役に見えるほど美しかった。

目が合いそうになって、慌ててそらした。

じっと見つめるのは失礼だと思ったからだ。

目の前にきて挨拶をする。

その姿は私の婚約者に相応しい。

しかしあまりにも他人行儀な挨拶に腹が立って、私は何も言わずにその場を立ち去った。

学園の女生徒たちと楽しそうに談笑するが、私にあのような笑顔を向けたことはない。


そのうち、彼女は父親とダンスを始めた。

そして弟とも。

私はあのように触れたことも、ましてや手を取ったこともなかった。

彼女の妹とは入学式直後に偶然会った。

何故か彼女には普通に話しかけることができて嬉しくなったのを覚えている。


婚約してから一度しか彼女とダンスをしたことがない。

下心丸見えの令嬢たちと踊ることはできたが、婚約者とは何を話していいのかわからず。

ダンス中もただ無言で一曲踊っただけだ。

恥ずかしくて彼女とダンスができなかっただけだ。

何を話したら喜ぶかわからなかっただけだ。

美しすぎて……何も言えなかっただけだ。




*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る