第18話 軛村ニテ神退治ノ事(七) 思い出の話と

 ***


 滔々と幸太は話し続けた、祖父から伝えられたこの村が人柱をまた送り出した時の話を。


「熊吉爺様はとても強い人でな、人柱を再開しようとする村長達に最後まで反対した。ただ村の者達は村八分を恐れ表立って爺様に味方する者はいなかった。自分らの子が殺されちまうってのによ、我が身可愛さに化け物に子供をやっちまうってんだからほんとに救われねえ。

 俺達一族は忌み嫌われみーんな死んじまった。こんな狂った村みんなあの化け物に喰われてしまえば良いと思ったよ、村長が怖い奴らは爺様が悪いって言ってまともに口を聞いてくれもしねえ。

 家族を、村を守ろうとした爺様を、そして俺達をこんな風に…酷い目にあわせた奴等だ、お前らにこんな気持ちは分かんねえか?」


 僕は返す言葉を探したが心のどこにもそれは見つからなかった。どんな綺麗事を並べた所できっとこの人は救われない、言葉だけでは足りない、そうだと思った。


 僕は飴屋をチラと見る。



ひどく醜く、救いようのない話です。人間は何故そんなに愚かなのでしょうね。私には理解が出来ません。幸太さんがそう思う気持ちは仕方ないと思います。

 …ただ、貴方には、味方がいるはず。私が言いたい事、分かっていますよね?きっと貴方のお爺さまと同じように、若い子供達を捧げる事を拒否する人達が存在している。これは私の想像や妄言の類いではなくてね、ある一定の確信を持って今思っている事を口にしています。違いますか?長い間、沈黙を保ったまま村長達に、言い換えれば人柱推進派に反対し続けている貴方の味方が、この村の現状を憂い幸太さんを支え続けている者達が居るのでしょう。」


「…なぜ、そう思った?」


 問答を問いかけるような目をした幸太が頭を掻いた、パラパラと白い粉が落ちる。


「違和感を感じたのはこのお酒でした。とうでも無い、猟師の家系の貴方がこの村の地酒、山神への神酒とも言えるお酒を、今の惨状で、村八分にされているにも関わらず何故飲む事が出来るのか、どうしても気になっていたんです。貴方が村の酒蔵に忍び込むようには思えませんし、ふしぶしから伝わってくる猟師に対する矜恃、それを持って生きて来た貴方が盗んだ酒を一応は客人である私達に振る舞うとは到底思えない。だからここに酒を差し入れに来る人がいるんじゃないかと思ったんです。」


 そう言うと飴屋は並々と注がれた酒を一息に飲み干した。


 幸太は何も言わず思慮を巡らせているようだった。


「本当に…偶々(たまたま》ですがね。ここへ伺う前に私達は歌を聞きました、子供達が無邪気に歌っていた昔からこの村に伝わる、得体の知れない歌です。そして貴方が異常に反応したモドリという言葉、ここはまだ確信では無いのですがお尋ねしてもよろしいですか?」


 飴屋が真っ直ぐに幸太を見つめて言う。


「源、という名前をご存知無いですか?」


 痩せぎすの男の眉がピクリと動いた、僕はそれを見逃さなかった。どうやらその名に心当たりがあるようだ。

 源?僕はその名前を何処かで聞いた事を思い出した。


 しかし僕は飴屋が何の話をしているのか皆目見当がつかないのでゆっくりと煙草に火をつけた。


「…良く知っているよ。大声でモドリの話を出すお前らがうちの前に来た時から、そうじゃないかと思ってたよ。しかしそこを繋げちまうとは…あんた大したもんだ。」


 驚いたように自分の頬を叩いた後、覚悟を決めたように幸太は言った。


「…あんた達を信じて頼みがある、聞いてくれるか?」


 神妙な面持ちのまま幸太が飴屋の茶碗に酒を注ぐ。


 飴屋が僕の方を見た。


 この村の、終わらない悲しみの連鎖を断ち切る、そして刀を手に入れ生きてこの村を出る。一つでも欠けてはここに来た意味がない。


 その糸口が見つかるのであれば、こちらからお願いしたい気持ちで一杯だった。


 僕は深く頷く。




「すまねえ。何度かあんた達みたいな余所者が来たんだ。その度に失望したよ、みんな死んじまったしな、だから諦めかけてた。歯牙にも掛けないような突っぱねた態度だった事を許してくれ。ただの無能の兄ちゃん達だったらすぐに叩き出してる所だったがどうやらあんた達はそうじゃねえらしい。それに玲さん、あんたは俺と同じような悲しみを抱えてる。少しでも…この人生の辛さを分かって貰えた気がしてな、誰にもこんな話出来なかったからよ…ちいと救われたぜ。

 …玲さん、飴屋さん、お二人に俺が知ってる事を全て話させてくれ。…もしかしたら、万が一にでもこの村を変える事が出来るかもしれねえんだ、化け物に喰わせる、忌々しい人柱を無くせるかもしれねえ、どうかこの俺の話を聞いてくれ、頼む。」



 分かりました、と飴屋は言った。

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