第3話 ギャル部長:九倉塚あおい
あれは10年前、モンスターに瀕死の重傷を負った僕達を助けてくれたのは、一匹の悪魔だった。
デルフィストは僕の契約を持ちかけると、僕と妹の命を助けてくれた。
そればかりか、僕以外の関係者の記録を改竄し、何も事件は起きていないという事にしてくれたのだ。モンスターを倒したのは妹のモミジちゃん。
彼女は称賛され、無理にダンジョンに潜ったことにされた、僕は非難された。
僕は学校でも家でもいないものとされ、最終的には世間の目に耐え切れなくなった両親は離婚し僕は家族をうしなった。
父親に引き取られた僕は速攻で施設に放り込まれ、悪魔付きとして施設でも肩身の狭い思いをしている。
でも僕的には命があっただけ感謝している。
結果だけ見れば妹は無事で、僕も生きている奇跡みたいな状況だ。
が、奇跡にはそれだけ代償が伴う。
奇跡の代価で僕が失ったものは、僕の資格全てと、これから人生全てという呪い。
この資格社会主義の世界において僕はかけがえのないものを失った。
これを解除するためにはデルフィストが貸した等価交換の法則にのっとって解除するしかない。
しかしこれがなかなか難しい。
命の等価交換である以上それは一生をかけても成し遂げる偉業を達成しなければならないことに他ならない。
多分あの悪魔は僕にダンジョンの探索をさせ自分は高みの見物をしていたいのであろう。
そのために僕をここに就職させたのだ。
しかしサポーターがダンジョンの中で怪我をするというのは、さほど珍しいことではない。
危険と隣り合わせの仕事なため、毎年多く死傷者がでる。
そのためサポーターは準備を怠らない。
モンスターの弱点の把握を始め、逃げられるように雑魚避けの匂い袋。はたまた、万が一1人で戦闘になった時に対処する、対モンスター専用攻撃アイテム炸裂玉など様々なアイテムを用いて戦う。
もちろん持ち前の資格を用いて、情報だけでも持ち帰るのが、プロのサポーターだ。
しかし、そんなプロがたった一ヶ月の間に連続して、死亡している。
これは異常なことだ。
「とりあえず早急に自体を解決する必要があります。幸い目星はついており、橘くんにはある冒険者の動向を監視しつつ、情報を持ち帰ってもらいたいのです」
瀬戸内さんが僕の方に向き直ると、そんなことを言ってきた。
いや、そんなこと言われても。
生存率0パーセントだぜ?
普通にこんな仕事断わるだろ。
僕は混乱しつつもなんとか答える。
「あのーこの話、お断りすることは……」
いくら給料がよくたって、流石におかしい。
僕はお断りの話をしようとするが……。
「辞退するのは結構だが、その場合、罰金を払ってもらおうか」
「はぁ?」
ギャル部長はにべもなくそう言う。
罰金? なんでそういう話になるんだ。
僕は狼狽しているとギャル部長は続ける。
「君をわが社の雇用する上で、専属契約を交わしている。それに対する違約金1000万。更に、君を売ってくれた施設への援助金2000万、しめて3000万。今の君に払うことはできるのか?」
さらっと言われてけど僕施設から売られてしまったの!
それって違法じゃんか!
あの人の良さそうな施設長そんなことおもっていたんですか!?
「それに君は適当な理由をつけられて、仕事をやめようなんて考えるかも知れないがそうもいかない。違約金の借金を付けられたうえ、この時期に就職活動だ。君の履歴書を見た限り、どこも雇ってはくれないではないぞ」
「うっ!」
部長は僕の履歴書を見ながらそんなこと言う。
くそ! なんで入社一日目で辞める辞めないの話をしているんだ!
でも確かにこんな中途半端な時期にやめてしまっては、生活することもできない。
なけなしのお金で装備を整えたので、残っているお金はかなり心もとない。
でも流石にこんな状況では……。
「それにせっかく入った会社を一年もたたずに辞める社員を果たして、他の企業はどう思うかな?」
「っく!」
「さぁって。どうするん?」
僕が戸惑っていると、彼女からさらに追い討ちがかかる。
その顔は楽しそうに笑みを浮かべていた。
こ、この人楽しんでいるだろう。悪魔じみてやがる。
「……分かりました。お受けいたします」
僕は諦めたように肩を落とした。
何も死ぬと決まったのではない、僕の手で犯人を捕まえればいいのだ。
でも気になることが一つある。
「15人も死んで、なんで警察沙汰になっていないんですか?」
僕は力なく顔を上げるとあおりん部長に聞いた。
普通15人も死んだら警察関連が介入してくるだろう。
それがないのはなんでだろう?
「そんなもん会社が隠蔽してるからに決まってんだろ」
おいこら。さらっと飛んでもないことをいうな。
「それも含めて話がある、瀬戸内ー! そこの資料を……」
ギャル部長が腕を組み神妙な顔つきで何を言おうとした。
しかしその時、今度はすごくテンションの高い人が入ってきた。
「こーんにちわー! あおりんさん、いらっしゃいますかーー!」
その人物は青色に近い黒髪に黒縁メガネ。
その手には小型のデジタルカメラを持っており、スーツの右腕部分には広報部と書かれた腕章を身につけていた。
「あおりんさんお疲れ様でーす。広報部でーす。この人が新しい新人さんですか?」
「……相変わらず耳が早いな杏」
ギャル部長は僕から手を離すと入ってきた人物に嫌そうに言う。
その表情は苦虫を噛み砕いたようだ。
「情報は鮮度と正確性が命ですからねー。それよりあおりんさん。この方ですか! それなら是非紹介を!」
彼女は我関せずといった様子であおりん部長に詰め寄る。
ギャル部長は戸惑いながらそれに反論した。
「杏すまないが少し席を外してくれないか? これからこいつに事件の概要を説明してやるところなんだ」
あおりん部長は、テンションの高い彼女に一言いうと、退出するようにいった。
しかし、彼女にその様子はみられない。
「それならなおさら私を紹介してくれないと! 私役に立ちますよー! 超立ちますよー! てか! 今回の事件の概要まとめたのも私じゃないですかー!」
あっけんからんにあおりん部長の言葉をいなすと彼女はそう言う。
その目には好奇心からか目がキラキラと輝いているように見える。
あおりん部長もこれは説得できないと感じたのか、呆れながら僕に彼女を紹介した。
「はあー。これが新しくうちに入った新人、橘ワカバだ。ワカバこっちが広報部の館腰杏」
「よろです橘さん! 広報部ポープ館腰杏です!」
彼女はまるで友達感覚のノリで話しかけてくる。
うっあまり同級生と接点がなかった僕にとって、とてもやりずらいタイプだ。
「いやー災難でしたねー。入社早々第3室に配属になるなんて。ここでの噂はもう聞きました? 今の気持ちは? 今後どういう風に捜査していくつもりですか?」
館腰さんから次々と質問が飛び込んでくる。
その勢いは止まらず、こっちが何か言う前には質問が出ているような状態だ。
「ち、ちょっと待ってください!
僕が待ったをかけようとするがそれはあおりん部長に止められた。
「ワカバ、抵抗するだけ無駄だこいつは自分の気になることになると徹底的に調べることで有名だ。諦めろ」
ギャル部長は達観した目で僕を見ていた。
どうやら彼女に何を言っても無駄だと言うことがわかっているらしい。
「いやーやっぱり第3室は話題に事欠きませんねー。今回も社内記事にいいものがかけそうです。あ、前の人の死因でも聞きます? それとワカバくんが死んだら教えてくださいね。そのことも記事にしてあげますから。ああーそう思うとワカバくんの顔を見るのはこれが最後かもしれないんですねー。それじゃー記念に一枚!」
そう言うと今度はポケットから取り出した、スマホ型のデジカメでパシャパシャと写真を撮り始めた。
この会社にはまともな人はいないのか。
そう考えるほど、奇抜な人が多すぎる気がする。
もうなんだか彼女勢いに押されて怒る気も起きない。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでください。こんなんでもなかなか優秀なんですよ?」
瀬戸内さんのフォローにもなっていない言い方で、この会社には変人しかいないのかもしれないとおもった。
「……それでなにか変なことはあったのですか」
知り合って数分だが、もう疲れてしまってそんな声しか出なかった。
しかしそんな僕とは裏腹に彼女は嬉しそうに事件の概要を話す。
「よろしい! それでは先輩の私から事件の説明をさせていただきます! 橘さんは最近全国のダンジョン内で起こっている連続記憶喪失事件は知ってますか?」
「……連続記憶喪失事件?」
全然知らなかった。
と言うか、そんなのニュースでやっていただろうか?
「事件の始まりは二ヶ月ほど前からいままで、千葉のダンジョンに向かった冒険者がダンジョン内で倒れている冒険者を見つけたのが始まりです。原因は不明。被害者はその1日の記憶を失っている。と言う被害が東日本で相次いで報告されているのですよー」
彼女が言うのは週に2回。多いときには3回も事件が起こっているとのことだ。
「その被害者の中で男女合わせて30名近くの人物が被害に遭っているのですけど、その中で特に重要なのが今回死亡した『パルテノンのサポーター全員が一度事件に巻き込まれている』と言う点です」
「……」
「興味が出てきたでしょう? なんせその内の15人もの人間が今回の事件の被害者である第3課のサポーターなんですから。これは事件とは無関係とは言い難いですねー」
「はぁ」
確かにこれは関係があるかもしれないが。
「さらに、さらに! 優秀な杏ちゃんは今回の容疑者もピックアップしてきたのですよー! 瀬戸内さん!」
「はい。こちらになります」
館腰さんが瀬戸内さんの方を指差すと、瀬戸内さんはあらかじめ準備していたのか、青色のファイルを差し出してきた。
僕はだまってファイルを開いて中を確認する。
「私の調査の結果、その人物が今回の事件の鍵を握る人物です!」
そこには僕と大して年が離れていない、少女の情報がのっていた。
履歴書のような紙に写真付きで、出身、年齢、所持資格と様々な情報がのっている。
ロシア人だろうか、外国人風の顔立ちに白い髪。それにこちらをみる碧眼の彼女はどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
「アートリナ・エフセエフさん。ロシア人と日本人のハーフ」
写真を確認したが、僕にはなぜ彼女が事件をよく分からない。
履歴書に書かれている、資格だって特段不自然な点は……。
「って! この人!『冒険者検定:特級』持ちじゃないですか!」
資格の欄をよくよく確認すると、そんな文字があった。
『冒険者検定:特級』それは毎年行われる、資格試験の最上位試験の一つである。
厳しい筆記試験に加え、面接、実技と三段階に分けられ、全国で数千人が受講するが、毎年数人しか合格しないという超難関な資格だ。
年によっては合格者0人の時もある。
そんな厳しい資格試験に合格したものは『S級冒険者』と呼ばれ、ダンジョンに入る時様々な特典を受けることができる。
禁止区域の探索の許可、武具の無料整備、はたまた高額クエストの斡旋など、その特典は様々だ。
才能のないものは一生つかむことができないとまで言われている、この資格をこんな少女が……。
「驚きましたよね! かの『S級冒険者』が事件の容疑者なんて! それも超絶美少女!」
「……」
いや、確かに驚いだけど、それよりもそんなすごい資格を持っているのが、僕と同じくらいの少女だってことに驚いているのですが。
僕はしばらく放心状態になっていたが、そこから回復すると気になっていた質問をぶつけてみる。
「この子が凄いということは分かりました。でもこの子が原因と分かっているなら、会社からなんらかの処置があるじゃないですか?」
本当にこの子が原因だと分かっているのなら、逮捕なり拘束なりすればいいんだと思うけど。
「それがねー。この子自体には何にも不自然な点はないんだよ」
今度はギャル部長は、机からもう一枚紙を取り出すとこちらに差し出してくる。
そこには、一ヶ月間の彼女が習得したドロップアイテムや冒険者ログが分かりやすく一覧表で書かれていた。
「現場の情報によれば他の冒険者やサポーターに危害を加えるような行動はしていないうえ、冒険ログにはなんも問題なし、それどころか毎回、高水準の評価をただき出している」
稀にみる優等生だよ。
彼女はそういうと、ため息を吐いた。
「それじゃ何が問題なんですか?」
僕がギャル部長とそんな会話をしていると、瀬戸内さんは真剣な顔つきで言った。
「館腰さんが彼女を個人的に調べた結果。サポーターが死んだと思われる時間には、彼女たちのパーティーが必ずダンジョンに入っているということが分かったのです」
瀬戸内さんも一枚の紙を取り出すとこちらに渡してきた。
そこには目が痛くなるような文字で、びっしりと何か時間割のようなものが書かれていた。
「初めは偶然かと思いましたが、それが10回以上起こっているというのは、偶然と言ってしまうには、いささか出来すぎています」
これだろうか。
よく見ると、彼女が入ったダンジョンに入った日付にアンダーラインが引かれており、被害者の日時と合致する。
「じゃあ、このことを会社に報告すれば……」
「それで解決しなかったから、みんな死んでったんだろ」
彼女はもう一度ため息をついた。
そして僕の問いに答えてくれた。
「上層部はこのことを内々に処理しようとして躍起になっている。それに『S級冒険者』が絡んでおりもし間違いでしたではしゃれにならん、世間に公表すれば、最悪営業停止もありうる」
それだけの影響力を持っているのさ『特級冒険者』は。
そう言うと彼女は机に顔を沈めた。
そんな彼女をしり目に、今度は瀬戸内さんが言う。
「そういうことです。上層部は、サポーター15人の命より1人の『特級冒険者』の名誉を選びました」
「せっかく摑んだ証拠もこれでは意味がないという訳さ」
ギャル部長は力なく言う。
瀬戸内さんは淡々と言っているが、その声色はどこか憤っているようだった。
「彼女が『特級冒険者』だということもあるでしょうが、直接関与しているかもわからない状態では、こちらも手出しのしようもありません」
「そこで、君には彼女たちにサポーターという役割でついて行ってもらい、動向を探ってもおうってわけさ。いわばスパイだ」
瀬戸内さんの説明が終わる間もなく、ギャル部長がそんなことをいう。
「なるほど」
理由は分かったさしずめ僕は餌だ。
相手が針にかかってくるのをじっと待つ『生贄』に選ばれたのだ。
「っということであとは任せた。詳しいことは杏に聞け」
「え? それだけですか? なんかこう具体的な作戦とか!」
「ああーもう! うるさいーうるさいー! 会社員なら黙って従え!」
彼女は大声で僕の言葉を遮ると、部屋が震えるんじゃないかってくらいの声で僕に言う。
「だいたい私も引き継いだばかりなんだ! 詳しいことなんか知るか!」
「それなら僕なんて今日初めて知ったことばかりです!」
「あーあー。聞こえないー聞こえないー。それに上司に口答えはいけないんだー。給料カットにするぞー! 減点3!」
少し強めの口調で言うと、彼女は両手を耳に当てて聞こえないふりをした。
その姿はまるで駄々をこねる子供のようだ。
「大体、前の部長は責任を取らされてシベリアに飛ばされたんだよ! いやだよ、私は! 寒いのは苦手なんだ!」
そういう問題なのか!?
「とりあえず、この事件は我々で解決するぞ! 君は文字通り命を懸けで働いてくれたまえ!」
彼女はそういうと僕たちに退室するように言う。
やっぱり引き受けたのは早まったかもしれない。
そんなことを思い、僕は部長室を後にした。
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