第11話 おじさんを見つめる理由
「いらっしゃいませー。」
独特なイントネーションで接客するおじ様を横目に、今日も今日とてコーヒーが旨い。
ここ一週間で、すっかり定位置となったコーヒーショップの狭いテラスの一角。占領するにはちょっと気が引けている。
けれど、決して安くないコーヒーを女子高生が連日買い続けるには、それなりに青春に起因する理由があるんですよ。はい。
私は、隙あらばおじさんの言動を目で追っていた。と、いっても、このおじさんに興味があるわけではない。断じて。
ただ、もしかしたら、一番新しいあちら側の記憶を思い出させた彼だから、何かしら接点をもつ事で、もっと違う記憶が呼び起こされるのではないか、という淡い期待を持っていた。それがこの奇行の原動力。
もちろん、毎日の地下鉄での気合いも半端ない。無駄に車内をうろうろしながらクンクンして回っている。
…どうなんだろう。これ。妄想に取りつかれて行動している感じが否めない。
今までは、正直、あちら側の記憶がこちら側の私に及ぼす影響はほとんどなかった。
ちょっとリアルな小説を時々パラパラめくっては現実との対比を楽しんでいる、というような感覚だったのに。
(私、大丈夫かなー?)
はあー、と大きなため息もでるというものだ。
「あー!たのっちゃん、いた!」
テラスから見える大通りの向こう側、のそっと身長の高い男子と、その隣でぴょんぴょん飛びはねながら両手を振っている女子が見える。
(ヤバイやつに見つかったわ…。)
山口先輩とキララではないか。2人は何やら話しているようで、そのままこちらに早足で歩いてきた。
「いらっしゃいませー。」
パン屋の店長さん、もとい、コーヒーショップのおじさんは、新しい客にいつもの笑顔を向けた。
2人は注文をすませると、まっすぐに私のいるテラス席にやってきた。
「こんなとこにいた。たのっちゃん。」
「はーい。」
「お前、ここでやってんの?」
「えー。まあ。」
机の上には、マイコンピューターと今度の大会の為のプログラミングのデータがある。コーヒーだけを飲むには、彼への観察時間が足りないと考えて、パフォーマンスかつ、実益も兼ねてここで打ち込みをしていたのも事実。
「…いや、打ち込みするのに、環境変えたらいーかなーと思って。」
「そーなの?言ってよー!この頃部活来ても、すぐいなくなっちゃうから心配したじゃん。」
「あー。ごめん。」
キララはそのまま私の隣に座った。
「確かに、たまには環境変えてこんな場所でデータ打つのもいーかもね。」山口先輩も大きな荷物を床に置くと、よっこいしょ、と真正面に座る。
「で、どこまでできたの?」
「…えーと。」
そこまで進むわけないのよね。私はへらへら笑いながら「まあまあ」と答える。
「…。」
そんな私の態度ですべてを察したかのように、彼はふぅ、とため息をついた。
すみませんね。大会も近いのに。優先順位が今ちょっと違う方向なんですよ。
「おまたせしましたー。アイスコーヒーとクリームカフェオレです。」
「あ、ありがとうございます。」
「ごゆっくり。」
おじさんが持ってくるんじゃないのか、他の店員さんか。
2人の注文を持って来たのは、若い店員さんの方だった。例のおじさんは、奥の方で別の注文を受けているようだ。
「さっきの店員さんかっこいいね。」アイスコーヒーを飲みながらキララが言う。あれ。生クリームががっつりのったカフェオレの方は、山口先輩オーダーなんだ。
「…え?そう?」
私も随分前に頼んだすっかり冷えたホットコーヒーを口に運びながら答える。正直、全く視界に入っていなかった。
「たのっちゃんは入口のおじさん狙いなんだろ?」
ぶほっっ!!!
山口先輩がスプーンでクリームを食べながら平然と言った。私は思わす豪快に吹き出した。
「ちょ、きたねーな。」
げほ、げほ。
「うそー!まじ?そっち?」キララも続ける。
「いや、違うから、そんなんじゃないし!」
2人はほらね、やっぱりとか言い合っている。いや、いや、いや…。
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