第8話 ターンエフェクトが終わったら…
夜勤明けからの1日公休。次の日に早出の出勤をすると、一番手前の部屋から小さな女の子が顔を出していた。
(田口なえ、さん?)
真っ白な長い髪にうすいピンクの瞳だ。年齢はやはり5歳位だろうか。平均的なリセット年齢のように見えた。
(ターンエフェクト終わったみたいだな。)
私が彼女の方に近付いていくと、雰囲気を察したたのか、彼女の顔が少し緊張したように見えた。
「田口さんですね?」
「あ。はい。」
彼女は小さな声で返事をした。私は彼女を落ち着かせる為、すぐ近くによると彼女と声のトーンを合わせた。
「私、看護師の徳永です。田口さんがターンが始まった夜、担当していました。」
田口なえさんは、まあ、とかわいらしく手を口元に持っていくと、その後、慌てて頭をさげた。
「そうだったんですね。ここに来た時の事はほとんど覚えてなくて。」
「ターンは終わられたようですが、ふらふらしませんか?」
「はい。」
「他に、何か体調におかわりはありませんか?」
「…。体調は悪くないのですが。変な感じです。」
彼女は少し困ったような顔をした。
彼女は右手を自分の目の前に持っていくと、ぐー、ぱー、と動かしながら言った。
「目が見えません。やはり、ちょっとショックですね。」
「田口さんのロストは視覚のようですね。」
「はい。数日前に見えなくなってきた時は、ああ、お迎えが来たかもと怖かったですが。万一、ターンエフェクトであれば、きっと見えなくなるんだなと漠然と考えていました…。」
そして、動かしていた右手を止め、ちょうど朝日が登り始めた窓の方に顔をむけた。
「朝のキレイな光の色とか、雨の日の深緑とか、あ、私、若い時は、山登りが趣味だったんです。まあ、若い時って、今はもっと若くなっちゃいましたけどね。」
田口さんは少し寂しげにふふふと笑って続ける。
「でも、あの素敵な景色が見れなくなったのは残念ですね。でも、せっかくターンできたのだから、2周目は違う趣味をみつけなきゃ。」
彼女の髪が朝日にすけてキラキラしていた。
「そうですね!人生2周目、新しいことを始めましょう。それに、」
私は、彼女のターンエフェクトの初日に来ていた『武光さん』を思い出しながらゆっくりと笑顔になる。
「入院された日、旦那様が他のご家族といらっしゃってました。お話の中で、旦那様のロストも視覚だから、田口さんのロストが同じだったら、また、一緒にいられるね、と。」
「あらまー。あの人何を恥ずかしげもなく…。」
小さな女の子は今度は両手を頬にあてて、顔をふるふると振った。その様子が本当に可愛らしい。
「息子さんも一緒にいらっしゃってて、青春をもう一度、とお父さんをからかわれてましたよ。」
「本当に恥ずかしい。」
そう言った彼女の顔は、とても嬉しそうだった。そして、次の瞬間、いたずらっぽく笑う。
「ターンエフェクトを向かえられて本当にありがたいです。でも、人生2周目ですから、今度は他の誰かと違う青春するかも知れないじゃないですかね?」
「そうですよね。それもいいと思います!」
私たちはお互いに顔を見渡しながら不敵にふっふっふと笑いあった。先程の彼女の少し寂しげだった笑顔はもうなく、屈託のない満面の笑顔だった。
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