第7話 楽しい思い出は記憶のどこかに!
「たのっちゃん。おーい。」
山口先輩が私の前で大きく手を振る。
「…あ、はい。」
「何フリーズしてんの。もしかして図星だった?」
先輩は両手を顔の前で合わせて可愛らしく大きな目をパチパチとさせながらおどけて言った。
「いえ、図星でも何でもないんですが、」
「ないんですが?」
「あ、いえ、何とゆうか、香りが記憶と連動してるんだなという部分には、共感というか…。」
「そんなせつない思い出?!」
「…。」
先輩は相変わらず元彼説にご執心だ。けれど、あえて言わせてもらうが、私は今まで彼氏がいたことはない。
ゆえに、至近距離で異性とくっつくなんて経験ある訳もなく、もちろんそんな記憶もない。
…少なくともこちら側では。
ただ、あちら側の私は違うのではなかろうか。なにせ、人の寿命という概念そのものが、かなり違っていたのだから。
生まれてから、当然歳をとっていく訳だけれど、80歳から100歳位の間で、リセットされる人がいた。
その現象は『ターンエフェクト』と呼ばれていて、それが起こると、精神や記憶はそのまま身体だけが5歳前後に変化した。
寿命が200歳位の人もいたと思う。幼児になって、人生最初からもう一度という感じじからなのか、便宜上、1周目と2周目というような分けられ方をしていた。
ちなみに、私は人生2周していた。1周目のターン時には、少なくとも80歳は超えていたはずだ。
なので、きっと、私にも彼氏位いたと思う。思うと言うのはもちろん確信がないからだ。
記憶を思い出し始めて随分たつが、なぜかそういう色恋に関するものだけがスッポリ落ちていた。
(まさかの人生200年の設定で、色恋沙汰が皆無とかないわよね…。)
だから、今回起こった現象は、もしかすると、初めて私のあちら側に関する色恋ストーリーの記憶なのかもしれない。
(ある意味、先輩の言ってる事、当たってるのかも。)
「…山口先輩!」
「え?何!」
私は座っている先輩の両肩をガシッとつかんだ。
思いがけない行動だったのか、先輩が仰け反ってしまった。申し訳ない。でも少し可笑しい。
「ありがとうございました。何かもやっとしてたんですけど、霧がはれてきそうです。」
「…え、そうなんだ。」
「はい。元彼じゃないし、彼氏なんかいたことないですが、いろんな可能性が見つけられそうです!」
素敵な恋とか愛とか。
残念ながら、わたしに明晰夢をみるような力はないので、自分の都合のいいストーリーは作れない。
けれど、今朝、あの香りを嗅いだ時の気持ち、香りの主を捜してしまう程のこちら側の私への影響力を考えると、あちら側で天涯孤独だった、訳ではなさそうだ。
「じゃあ、先輩、発表大会に向けて、ちゃっちゃとプログラム打ち込んじゃいましょう!」
「お、おう。」
私は机に座り直すと、先程とは別の意味で勢いよくデータ入力を再開した。
「お前、変なやつだよねー。」
先輩も苦笑いしながら、画面に向き直った。
若干、あちら側の色恋沙汰の記憶を思い出す事よりも、今、私がいるこちら側を充実させることの方が重要じゃないかとも思ったが、まあ、いいことにした。
それだけ、あの時一瞬嗅ぐことの出来た香りは、今のこちら側の私にとっても特別だった。
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