第6話
妊娠中は悪阻に悩まされていた瑠美子は出産が終わると、いつもの明るい瑠美子に戻っていた。出産は意外と早く、出血も少なくて主治医からは
「安産でしたね。」と言われた。病室に戻った瑠美子は看護師が居なくなると
「先生は安産とか言うけど、お産の痛みは相当痛いんだから。」と少々ご立腹のようだった。
「まぁ、無事に産まれたんだから、良しとしよう。あんまり怒ると血圧上がるぞ。」
「そうだね。」と二人で顔を見合わせて笑った。
瑠美子に飲み物を飲ませようと冷蔵庫内を覗き込んでいると
「ねぇ、名前決めた?」俺は冷蔵庫の扉に手をかけたまま振り返る。
「一応。」
「え、何なに?教えて。」と目をキラキラさせながらこっちを見ている。瑠美子の期待に応えられるか心配になり、再び冷蔵庫内を覗き込んだ。
「ちょっと、教えてよ。」と口調が強くなった。妊娠して弱っている瑠美子の方が良かったかも、何て思いが少しだけ頭を過った。ごめん、瑠美子。心の中で謝った。
冷蔵庫からスポーツドリンクを手に取りベッドの横にパイプ椅子を持って来て座った。ドリンクの蓋を開け吸いのみに少量入れ、瑠美子の口元に持っていく。瑠美子が一口、二口、ゴクリゴクリと飲む。
「ありがとう。美味しい。それで名前、聞かせて。」
「はやと…漢字は立つに風、とはてん二つに十の斗。颯は風を巻き起こすとかの意味があって、将来、颯斗が何かで世界に旋風を巻き起こすような偉大な人物になってくれたらいいなと思って。」俺は瑠美子の反応が怖かったのか、立て続けに話始めた。
「自分は小中高も大学もただ何となく通ってて、特技や自分がなりたいものとかも見つけられず過ごしてきたから、子どもには夢とか希望を持って、それに向かって進んでくれたらいいなって、俺の希望を込めてみた。どうかな…。」
「良い。良いよ。」と拳を握り親指を立てて見せた。
「ほんと?」
「うん。素敵。カッコいいよ。」
「良かった。瑠美子に気に入ってもらえて。」
「私が反対すると思ったの?」
「いや、そう言う訳じゃないけどさ。気に入らなかったら、どうしようかと思ってさ。颯斗しか思いつかなくて。字数とかも颯斗だけ調べてたから。」
「そうなの?貴方がそこまでの思いを込めて考えてくれたのに、私が反対するはずないよ。」と俺の手をそっと握ってくれた。
「ありがとう。立派に育てような。」
「うん。」それから二人でスポーツ選手になるか、音楽家になるか、それとも政治家になっていずれは総理大臣になるか、と。もう既に親バカの二人が期待を大きく持って、現実離れした話に盛り上がっていた。
そんな親の期待にある意味応えた形になろうとは、この時の俺たちは知る由もなかった。
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