第5話

 瑠美子の妊娠が解ってから、今までの生活スタイルがガラッと変化してきた。瑠美子は悪阻が酷く、食事を作る事も食べる事もままならなくなっていた。仕事にも影響が出てきていたので、早めに産休の申請を出し休みに入っていた。

 俺は仕事が終わると飲み会の誘いも断り、デパートに寄り野菜や総菜を買い、早く瑠美子に何か食べさせたいと家路に向かった。

「ただいま。」と玄関を開け廊下の先にある扉に向かって言った。中からは何の返事も返ってこなかった。寝てるのかと思い、何故か身体を屈めながらリビングに入るドアを静かに開けた。今の俺の姿って泥棒みたいじゃんと一人、心の中で突っ込みながら

「瑠美子、起きてるか。」と声を出した。すると、ソファで横になっていた瑠美子が

「…お帰り…。」と弱々しい声で答えた。

「大丈夫か?今日は何か食べられたのか?」とソファの横に座り、囁くような小さな声で話しかけた。

「…飲み物は飲んだけど…。食事は無理…。気持ち悪くなって…。」

「お粥作ろうと思うけど、食べられるか?」

「ありがとう。いつもごめんね…。家に居るのに何も出来なくて…。」とタオルで顔を隠し涙声で言った。俺はそんな瑠美子が愛おしくなり、そっと抱きしめた。

「泣かないで。俺こそ瑠美子の辛さが解ってあげられなくてごめん。ご飯作る事や傍に居る事しか出来なくて…。何でもするから。」

「…ありがとう。ありがとう。」

「二人の子どもなんだから。俺に出来る事は何でもするから。瑠美子は自分とお腹の子どもの事を一番に考えてくれ。」俺の胸に顔をうずめて瑠美子は泣いた。ひとしきり泣いたら落ち着いたのかスヤスヤと寝てしまった。食事も摂れなくて睡眠も充分取れていなかったと思い、俺はそっと毛布をかけて静かにその場を離れた。キッチンに向かい、鍋を出しお粥を作り始めた。少しの塩を入れ、後は梅干しが良いかと小皿に盛った。瑠美子の前で食事をするのは忍びないので、今のうちに食べておこうと卵かけご飯を掻き込んだ。この生活がかれこれ2か月も続くと俺の体重にも変化が出てきた。結婚当時よりも8㎏も減量していた。ダイエットしなくても痩せられたと思えばいい。俺よりも瑠美子が心配だった。妊娠・出産は病気じゃないから救急車も使えないなんて言うけど、女性が一番大変で辛い思いしていると思う。

 その後、今の状態が不安になり産婦人科に受診した。栄養が取れていないからと主治医が入院して点滴治療するようにと伝えられ、即入院となった。瑠美子は家が良いと言っていたが、先生からは

「貴方だけの身体ではないのだから。」と言われ、素直に点滴治療に入った。俺はひとまず安心した。俺に出来る事にも限界がきていたから。正直言って「助かった」と心の中で安堵していた。

 そして10か月後、颯斗が産まれた。

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