神社・闇・猫

ガシャーン。

瞬間的にやばいっ、と体に電気信号が走る。むしゃくしゃして投げたボールが勢い余って明後日の方向に飛んでいき、神社の入り口の招き猫の像を壊してしまった。猫神社としても有名なこの神社の人気スポットの招き猫を壊したなんて入れたらことだ。体に走る電気をフル回転しその場から一目散に逃げ出した。途中

「にゃあ。」

という声が聞こえた気がしたが、猫にかまっている暇はなかった。

その日の夜は眠れなかった。自分がやった、とバレるんじゃないか、明日にはもう捕まるんじゃないか、なんて恐怖に怯えながら眠れない夜を過ごした。

翌朝、招き猫が壊されたことは町中でニュースになっていたが、壊したところは誰にも見つかっていなかったらしい。私は一人そっと胸を撫で下ろした。

しばらくはなんとなく神社に近寄らなかった。何かあってバレてしまったら嫌だし、罪悪感もあった。しかし人間、喉元過ぎればなんとやら、だ。一ヶ月くらいたっただろうか。私はまたあの神社の近くを歩いていた。

部活が遅くなり、もう日は暮れていた。ヘトヘトで歩いていると、

「にゃあ。」

という声がした。あたりを見渡すと少し先に黒猫が佇みこちらを見つめていた。なんとなく引き寄せられ、近寄っていく。ついてこい、と言わんばかりに猫は前を歩き出した。疲れていたが、なぜかついていく気になり、一緒に歩くことにした。

少し歩くと神社の前まで来た。猫は神社の前で一度立ち止まり、

「にゃあ。」

と鳴いた。

あれ以来避けていたから来るのは久しぶりだ。どうやら招き猫も新しくなったようで、ぴかぴかの新品が誇らしげに右手を上げて飾られている。前見た時と何か違う気がしたが思い出せなかった。

そんなことを考えていると猫は神社の前の石段を上り始めた。ここまで来たのも、猫神社に猫が導いてくれたのも何かの縁だ。お参りして帰ろう。

招き猫が直っていることに安堵した私は、軽い足取りで境内へ進む。真っ直ぐ本堂へ向かい、お財布から五円玉を出す。そして心の中で部活の大会の勝利を願って五円玉を投げ入れた。

「にゃあ。」

再び声がした。私の後ろにあの黒猫がいた。人懐っこいのだろうか。撫でてやろう、と思って近づいていく。そして猫に触れた。

その瞬間黒猫の体がばっ、と広がり私に覆い被さる。何が起きたかわからない。声も出せないままあたり一面が闇に包まれた。さっきまであった本堂も猫もいない。真っ暗な闇がそこにあるだけだった。

耐えきれない恐怖に声をあげようとした。しかし音が出ない。いくら叫んでも音が聞こえない。周りを見渡しても何も見えない。恐怖で座り込んでしまう。しかしいくら待っても何も変わらない。闇と静寂が私を包む。

このまま闇の中で死ぬなんてごめんだ。意を決して立ち上がる。とにかく歩いてみよう。何かあるかもしれない。

真っ直ぐに、真っ直ぐに歩く。慎重に、慎重に。どれくらい歩いただろうか。実際には大した距離は歩いていないかもしれない。これが現実なら神社の石段あたりだろうか。

一歩、一歩踏み出す。怖くて仕方ない。何も見えない、何も聞こえない空間はがこんなにも恐ろしいとは。

次の一歩を踏み出した。しかし足は今までのように着地せず、空をすり抜けていった。そのまま体制を崩してしまう。転んだ、と思った。しかしただ転んだだけではなかった。どうやら階段だったらしく、ごろごろと転がり落ちた。頭もぶつけ、火花が何度も飛び散った。

気がつくと、神社の石段の下にいた。周りも見えるし音も聞こえる。でも、すごく眠たくなっていった。もう耐えられない。ああ、

目を閉じる寸前、黒猫の姿が見えた。こっちを見つめて、左手を上げていた。ああ、私が壊した招き猫みたい。

「にゃあ。」

そう聞こえた瞬間、私は意識を手放した。


左手を上げた招き猫は「縁」を招く。縁を壊したならば、孤独となるだろう。

「にゃあ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る