散髪・日本酒・鬼

「よお。」

片手をひょいと上げて男は縁側に上がってくる。

「おうおう。無断で人ん家入るなんて何様だ。」

なんて軽口を叩くと

「泣く子も黙る鬼の頭領だよぉ。」

なんて間延びした口調で言うもんだから笑ってしまう。こんな抜けてる大男が鬼の頭だとは誰も思うまい。せめてもう少しシャキッとしたらかっこよく見えるだろうが、本人は「めんどくせぇよ。」の一点張りだ。

まあ鬼の世界のことなんてわかんねぇしこいつの付き人の薫さんはこいつの何千倍もきっちりしてかっこいい女性なのだがどうにもこんなんを信頼してるみたいだ。上手いことやってるんだろう。

「お前は毎回急にくるよな。」

「いいじゃねえか、俺とお前の中だ。それより、酒、飲めるようになったんだろ?」

「もう半年以上前にな。」

「ガハハ、寝過ぎちまってな!」

鬼はかなり長寿らしくこいつは決まって寝坊した、と言って俺の成長を祝いにくる。気を遣ってるんだろうけどな。

この鬼は鬼灯。俺のじいちゃんの頃からうちに遊びにきているらしい。うち、鬼入家は代々鬼と友好の協定を結んでいるらしい。どうやら俺もそれを継がなきゃいけないみたいだ。

「それより京一。また髪切ってくれよ。」

「いい加減金取るぞ。俺も仕事だ。」

継ぐといっても家業ではないので俺は夢だった美容師になった。その練習を鬼灯でしていたらえらく気に入り、定期的に鬼の客が来るようになった。お客様には違いないので問題なく営業しているがこいつは休日に突然やってくる。

「金はねぇけどこいつを持ってきたぜ。」

そういって鬼灯は手に持っていた瓶を掲げた。

「俺らの作る日本酒だ。高いんだぜ?」

ほう。

「今日はどんな髪型にする?」

鬼灯は牙を見せながらニカっと笑った。


「乾杯!」

そういって二人で日本酒を傾ける。うん、美味い。

「しっかし京一と酒を飲めるようになるなんてなぁ。」

なんて親戚のおっさんみたいなことを言い出した。

しかしなんでこいつは俺に構うんだろうか。かなり偉いらしいし忙しいみたいだ。薫さんが度々鬼灯を呼びにくるところを見ている。別に協定には仲良くするなんて義務はない。人間の方が寿命は短いし、鬼に比べたらあっという間らしい。なんですぐいなくなる俺によくしてくれるんだろうか。前に聞いたこともあるが

「散髪代が浮くからな!」

なんて誤魔化されてしまった。

「なあ、」

なんとなく、声をかけてみる。

「どうした?」

鬼灯は楽しそうに酒を煽っている。どうして、と尋ねたい気持ちもあるが、心底楽しそうなこいつを見てるとアホらしくなってくる。

「俺に持ってきた酒俺より飲むなよ!」

「ガハハ!硬いこと言うなよ!」

今は、まだ、いいかな。


鬼入家之墓、と書かれた石に酒をぶっかけてやる。

「ガハハ。美味いだろ。お前から教わった酒だ。たらふく飲めよ。」

鬼は、遠くを見る。

『お前さんはいい奴だからな。俺の家族を頼む。』

古い約束を思い出し、懐かしくなる。

「お前の子孫、いい奴だよ。」

風がふく。短く切り揃えられた髪が揺れる。

「いいだろ、この髪型。」

かっこいいじゃねぇか、さすが俺の子孫!なんて声が聞こえた気がした。

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