コインランドリー・歌・嫌い
一人暮らしを始めて一番初めにやった失敗は洗濯機を準備しなかったことだ。しかもこれが一番でかい失敗だろう。仕方ないだろ。洗濯機って意外と高いんだ。親の金だけどさ…。無駄遣いはしたくないし、近場に24時間のコインランドリーがあって良かった。そこに通うようになってはや5日。そろそろ生活にも慣れてきたと思っていたがサークルとバイトが被ってしまいくるのが深夜になってしまった。時計の針は2を刺している上に外は真っ暗だ。今からコインランドリー行かなきゃいけないのか…。面倒だけど明日からの予定を考えると今のうちに行っておきたい。仕方なくコインランドリーへ向かうことにした。24時間だれかを待ち続けるコインランドリーは夜寝静まった街の中で少し浮いているように見える。日常的な非日常が僕はそんなに嫌いじゃない。そんな疲労と少しの気持ちの昂りを持って歩く。コインランドリーが見えてくると、その前に置かれたベンチに誰か座っているのが見えた。先客がいたようだ。黒のライダースジャケットにこれまた黒のスキニーパンツ。ヒールのあるブーツ。隣にはヘルメット、ベンチから少し離れて真っ黒のバイクが止まっているのが見える。髪の短い女性だった。手に持った煙草から紫煙を漂わせながら、彼女は歌を歌っていた。小さな声で、鼻歌のような歌を。僕が来てもお構いなしに。僕の好きなバンドの曲だったが、特に反応はしない。そんな彼女の横を、なんとなく会釈をしながら通り店に入る。いつも通り洗濯を始め、店に備え付けられた自動販売機で少し悩んで缶のコーラを買った。プルタブを開けると心地いい音とともに飛沫が散る。そうして店内の椅子に座って持ってきた本を開く。案外この時間も嫌いじゃない。本を数ページ読み進めると店の扉が開く。外で煙草を吸っていた女性が入ってきた。そして自販機で何か買い、なぜか僕の隣に座ってきた。
「ねぇ、」
隣から声をかけられる。何事だ、と思って僕はビクビクしながら顔を向けた。
「ハハっ、びっくりしすぎでしょ。そんな急に金せびったりしないよ。」
低くて落ち着いた、少しハスキーな声だった。声色は思っていたより優しかった。外では暗くて見えなかったが、顔を改めて見ると綺麗な人だ、と素直に思ってしまった。飛び抜けて可愛くも美人でもないが、そう、顔立ちが整っているとでもいうのか、切長の目に綺麗な鼻筋、耳にはシンプルだが目を引くピアス。赤いリップがよく似合っている綺麗な人だった。
『赤いリップが似合う女はみんな美人で気の強い女だ。』
なんて大学の友達が言っていたことを思い出した。そんなことを考えながら返事をせずにいると
「もしかして、邪魔だった…?」
と言って申し訳なさそうにこちらを見てくる。耳に髪をかける仕草に少しドキッとしながら
「ごめんなさい、少し驚いてしまって。」
となんとか返事を返す。
「ええと僕に何か用ですか…?」
おずおずとそう返すと彼女はにぱっと笑って
「用があるって言ったら嘘になっちゃうかな?この時間にここで人に会えるのって珍しいじゃん?こんな時間にここにくる面白そうな人とはぜひ話してみたいなって。」
と楽しそうに話した。見た目の印象とは違うフレンドリーな態度に面食らってしまう。それに面白そうな人って僕のことを言うけど、彼女も同類じゃないか。
「はぁ、そうですか。でも面白い話なんてできませんよ?」
女性経験が豊富でもない僕はつまらない返事を返すしかできない。
「じゃあアタシが話すから聞いててよ。退屈で仕方ないんだ。」
そう勝手に言い放って女性は言葉を連ねる。
「アタシこの時間にここにくるのが好きなんだ。みんなは嫌だ、嫌いだーなんて言うんだけどね。なんか夜のコインランドリーってちょっとした異世界みたいじゃない?街は静かに寝てるのにここはずっと洗濯物が回ってる。ここにきた時だけは普段しないようなことをしちゃうんだ。君に話しかけてみたりね。ここはさ、普通じゃないんだよね。なんてね。」
ちょっと変なこと喋りすぎたかなー、と言って珈琲を一口飲んだ。
「…なんかそれ、ちょっとわかります。ここって日常にある非日常だなって思うんです。」
なんとなく僕もそう返す。彼女は驚いた表情をしていたが気にせず話し続ける。彼女に感化されたみたいだ。
「普段本なんか読まないのにここでは読みたくなるんです。あと、昼にここにくる時は必ず音楽を聞いてるんですけど、夜はなんとなく何も聞きたくないんです。今日はないですけど、たまにここで一人でお酒飲むこともあります。」
彼女は嬉しそうに笑う。
「初めてそんな変な人見つけたよ。」
「僕もです。」
なんか、夜のコインランドリーがもっと好きになりそう。あともう一つ好きになりそうかも。
「アタシ普段タバコ吸わないからさー、むせちゃったよ。」
「だから来たとき全然くわえなかったんですね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます