逃避行・黒・クロノスタシス

旅は道連れ、世は情け。そんな旅であったならどれだけよかったか。俺がやってんのはただの逃避。まあ、いわゆる逃避行ってやつなのかな。行きも帰りも決めちゃいない。あんのは疲労と虚無感、今では好奇心とか高揚感が高まってきた。罪悪感はない。できることはしてきた。

「ねえ!空見てよ!綺麗!」

横にいるこいつがいなければもっと気楽なのにな。にひひと横で笑うこいつは絵美。大学に入ってから意気投合してそれ以来仲良くしてる。それだけだったはずなのに、どうして東京を離れてこんな真夜中に二人で車なんて乗っているのだろう。

「運転中は見れねぇよ。それより、どこで降りるんだ?」

「んーともうちょっと先。」

いくあてのない旅とはいったがそれは少し違う。最終目的がないだけでやりたいことや行きたいところを適当に回っている。もうこの旅も2日目に突入した。流石に眠くなってきたので休めるところを探していたのだが、なかなか田舎まできてしまったので休めるところがなく、サービスエリアにある温泉で体を休め、車中泊することにした。こいつと二人なのがこわいが、まあ勝手についてきただけだ。いないものとしよう。しかし何でこいつはついてきたのか。彼氏もいたはずだが止められなかったのか?まあこいつにもそれなりの事情があったんだろう。俺とは違ってより明確な理由がな。

山に囲まれ道より真っ暗なサービスエリアの温泉を堪能し、その辺のお土産などを物色する。いくつかパンやおにぎりなどを買い、外に出る。

「ね、そこで食べよ。」

そう言って広場にあるベンチに並んで腰掛ける。

「運転お疲れ様。ありがとね。」

「本当にな。よく寝れそうだわ。」

なんて取り止めもない会話をしながら腹を満たす。そうしてほとんどを食べ終わり、あとは夜食に取っておく。

「ねぇ、」

空を見上げながら絵美がつぶやく。

「何でついていくのを許してくれたの?」

そんなことを聞いてくる。そういえばどうしてだろうな。少し思案してから口を開く。

「成り行き、だな。」

「ひどい!」

「ってのは半分冗談でな、なんか悩んでる感じがしたからな。俺も多分一人は怖かったんだろう。」

「あはは、流石に悩んでるのぐらいわかるか。」

そう言って静かに二人で空を見上げる。

「聞かないの?」

「何を。」

「私の悩み。」

「そんなもん聞いたって俺には何もできねぇよ。絵美が話したくなったら話せ。」

「そっか。…ねぇ、この旅の終わりってどこなの?」

あー、どうするか。少しだけ、ほんの少し話してみるか?

「まあ、俺が俺を認めるまでかな。」

絵美が首を傾げる。俺は手に持っていたお茶を呷る。

「なんかあれだな、こうして真っ黒な山に包まれるとここしか人がいないように感じるな。」

「そうだね、なんか、落ち着く。」

「…ずっと空を見ててもクロノスタシスみたいに時計が進まなきゃいいのにな。」

「そうも言ってられないよ。私たちは逃げてる身だから。明日に追いつかれちゃうよ。」

「…たまにはいいこと言うな。」

「でしょ!」

「はいはい、戻るぞ。明日はもうちょい進むつもりなんだから。」

「了解!」


山に日が差す。決して針は止まらない。それでも奇妙なふたりの『明日』からの逃避行は続く。逃げて疲れ果てるか、立ち向かうか、逃げ切るか。そんな悩みも忘れて車は走り出す。あくまでも軽快に、愉快に。

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