第79話 ゴーレム狩り③~業火の中で破滅と出会う~

「この世で最も重い罪とは無知というものじゃ」



 火の粉の舞う中で、魔女は楽しげにくるりとまわる。



「人は生きているだけで罪。殺し、奪い、おかし、はずかしめ、自らの欲のために、他者を踏みにじる。それが人というもの」



 人とは罪にまみれている、と魔女は告げる。



「だというのに、罪とは無縁むえんのような顔をした者が多すぎる。わしは、その手の阿呆あほうが最も嫌いじゃ。人とは罪を自覚し、罪と共に生きていかなければならない。そうでなければしいたげられた者が不憫ふびんであろう。素知らぬ顔で、のうのうと生きていることを、大罪と呼ばずして何と言おうか」



 この異常の中で、まるで花畑にいるかのように、優雅ゆうがに、魔女は楽しそうに言葉を発した。



「おぬしはどうじゃ、ガリバー?」



 魔女を目の前にして、ガリバーは足を止めていた。混乱していたのだ。この場が異常であるというのに、いるはずのない者が目の前に立っている。


 

「どうして、ここに?」


「どうして? ぬひひ。おもしろいことを言う。今この場にわしがいるということは、どういうことか予想がつくじゃろう」


「まさか、冒険者!?」


「うーむ、そうじゃとは言えぬが、まぁ、おぬしから見ればその理解で相違ないじゃろう」


「おまえが先生を!」



 ぬひひ、と魔女は笑う。



「左様。わしの策略じゃ」


「っ!」


「まぁまぁ、そういきり立つな。わし一人の力ではゴーレム狩りなどできやせん。協力者がおらんとの。なぁ、ガリバー?」


「? 何のことだよ?」


「おぬしの言う先生には会ったじゃろう。光に包まれていたのを見んかったか? あれは太陽鉱石じゃ」


「え?」


「普通ならば警戒して受け取ったりしなかったじゃろう。しかし、情というのはもろい。あのゴーレムであっても付け入るすきを生む」


「まさか……!?」


「運んでくれたこと感謝するぞ、ガリバー。わしとおぬしの共同作業じゃ。誰もなしとげたことのないゴーレム狩りをした。誇るがよい」


「嘘だ、……嘘だ!」


「ぬひひ。よいぞ。魔女の言葉は疑うべきじゃ。しかし、残念ながら嘘ではない。この状況が物語っておるじゃろう」


「嘘だ……、だって、そんな、僕が、先生を……」



 ガリバーは、膝をついて顔を覆った。


 その様子を見て、魔女がにんまりと笑う。



「おぬしのせいじゃ」


「違う」


「おぬしがゴーレムを殺した」


「違う!」


「おぬしの罪を認めるがいい」


「違う違う違う!!」



 声は炎の中に消える。



「僕じゃない!」



ガリバーは、立ち上がって魔女に剣を向けた。



「おまえのせいじゃないか!」



 身体が震える。いったい何におびえているのか自分でもわからない。ガリバーは、ただ目の前の女が怖かった。おそらく先生の方が強い。しかし、得体えたいの知れない恐怖が、女を黒くっていた。


 恐怖を断ち切るように、ガリバーは剣を振り上げる。だが、彼の迷いに満ちた剣はくうをきる。けざまに魔女は、膝蹴りを腹に食らわせてきた。


 

「くはっ!」



 空気を吐いて、ガリバーはうずくまった。痛みは恐怖を呑み込み、怒りへと昇華させていく。ゴゴゴと周囲の炎のように沸き起こる怒りを瞳に宿やどして、ぎろりと魔女を睨みつける。



「殺してやる!」



 すると、魔女は、愉快ゆかいそうに笑みを広めた。



「ぬひひひっひひひひひひっひひひひひひっひ! その顔、その目、その怒り! あぁぁ! 見たかった! そのみにくい顔が見たかったのじゃ。おぬしをみつけた日からずっと、その無垢むくな瞳をよごしてやりたかった」



 魔女の笑いが止まらない。



「なぜ、わしがここに来たと思う? おぬしに知らせるためじゃよ。ゴーレム狩りなどついでじゃ。わしがやらずとも連れてきた冒険者がやるじゃろう。それよりも、おぬしに知らせてやりたかった。おぬしの罪を!」



 いったい何がそんなにおかしいのか理解ができない。その不条理が、いっそう恐怖をまき散らす。


 魔女は、おくする様子はなく、ガリバーの顔をぐいと掴み、そのまま食らうかのように顔を近づけてきた。



「さぁ、にくめ、うらめ! わしのことをただひたすらに! 殺したいと切に怒れ! その無垢な瞳を悪意で染めるのじゃ! よいぞ、よいぞ。ぬひひひっひひ! 悪意が、悪意が満ちておる!」



 魔女。


 ガリバーはその怖さを知識として知らない。けれども、その身をもって、今、その恐怖を知らされていた。



「あ、あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


「ぬひひひっひひひっひひひひっひひひひっひ!」



 悪意を詰め込んだような笑い声が響く。まるで地獄の底のような業火の中で。


 そこに希望はない。

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