第78話 ゴーレム狩り②~混沌の中で君と別れる~

 森の獣たちが逃げまどう中、ガリバーはただただ混乱していた。おそらく気持ちは獣たち同じだろう。


 いったい何が起きた?


 大きな光が放たれた。世界が終わったかにすら思われたその光が薄れた後、森のあちこちに岩石が降り注ぎ、一気に炎が広がった。


 太陽が割れたのだろうか。


 そう思って空を見上げるが、太陽は赤紫に色を変え山の奥に消えかけている。森の炎と相まって、世界があまりに赤い。地獄が地面からにじみ出てきたかのようで、ガリバーは怖くて怖くて仕方がなかった。


 それにさっきから、聞こえてくるこの音は何だろう。


 地響きが鳴る。何かを地面に打ち付けているような音。こんな音、聞いたことがない。


 そして、その音は先生が向かった方から聞こえてきた。



「先生、大丈夫かな」



 冒険者の悲鳴が聞こえてくることはあった。地響きもたまにある。けれども、今日のはおかしい。まるで、先生と拮抗きっこうしているかのような、そんな激しさがあるからだ。


 ガリバーは、ごくりとつばんでから、震える足を叩きふるい立たせ、剣を握りしめると、先生の向かった方に駆けだした。


 燃える森の中を走った。


 見知った木々が、土が、岩が、まったく見慣れぬ異物に見える。まるで地獄だ。熱が頬をこすり、ゴゴゴと風のうなる音が鳴る。


 怖くて流れる涙をぐいと擦って、ガリバーは走った。


 しばらく走って、ふつと、足を止める。



「え?」



 それが、何かわからなかった。


 無骨な石を繋ぎ合わせた何か。その辺りにある岩を押し固めたかのような奇妙さ。かろうじて、二足で歩く、それは、ゴーレムと呼ぶには、あまりにも、いびつ過ぎた。



「先、生?」


「ガ、リバー、か?」



 ゴーレムの状態などわかりやしない。けれども、明らかに、先生の身体は壊れていた。岩の奥でおかしな光が点滅しており、歩く度に、身体が割れてぼろぼろと破片が崩れ落ちる。



「どうしたの、先生!?」


「問題ない」


「問題あるよ! ぼろぼろじゃないか!」


「このくらい、大丈夫だ」



 声に力がない。いつも平静を保っている先生の声が、弱々しいと感じるのだから、絶対に緊急事態だ。



「敵が強かったの?」


「そうだな。少しだけな」


「やばいよ。一回逃げよ」


「俺はいい。ガリバーは、おまえは逃げろ」


「先生も逃げようよ!」



 先生に勝てないのならば、ガリバーに勝てるわけがない。ここは逃げなくては。ガリバーは、先生の手とおぼしき部分を掴んで引っ張った。


 しかし、掴んだ岩はぼとりと外れ、ガリバーは、そのまますっ転んだ。



「ご、ごめん、とれちゃった」


「問題ない。もともとその辺で拾ったものだ」


「どうしよう。どうやったらつくの?」


「構うな。今、魔力が暴走している。この身体を維持するのは難しい」


「じゃ、どうやって」


「いい。俺のことを気にするな。おまえは逃げるんだ」


「でも!」



 ガリバーがとどまろうとすると、先生は、残りの手でとんと身体を押した。



「いいか。よく聞け、ガリバー。俺は敵と戦わなくてはならない。おまえがいると邪魔になる」


「う、うん」


「山の方へ向かえ。サクヤがいれば、あいつのそばにいろ。そうすれば手を出してくることはないだろう」


「先生は?」


「言っただろ。俺は侵入者を排除しなくてはならない」


「できる?」


「もちろんだ。俺が強いのを知っているだろう」


「そうだけど」


「さぁ、行くんだ」



 行きたくないと叫びたかった。このまま行ってしまったら、先生とはもう二度と会えなくなってしまいそうだったからだ。


 お父さんがそうだった。


 絶対によくなる。そう言っていたのに、目を閉じて、動かなくなって、冷たくなって、二度と会えなくなってしまった。


 先生が、重なって見える。


 もう二度と失いたくない。大事な人を。失うことの悲しみを知っているから。どれだけ泣くかを知っているから。


 だけど、先生は行けと言った。


 先生は強い。それを信じるべきだ。どんなことがあっても先生は負けないと信じて、邪魔にならないように走るべき。



「先生、絶対に戻ってきてね」


「あぁ、また稽古をつけてやる」



 足音が、迫ってくる。おそらく冒険者。先生の敵だ。気づいて、先生はガリバーに背を向ける。崩れる背中は、いつもはとても巨大に感じるのに、今はやけに小さく感じた。それでも、不動の強い意思を示していた。


 先生の背中を見て、ガリバーは踵を返して駆けだした。振り返ることなく、涙をきって、焼ける森の中を。


 走った。

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