第80話 ゴーレム狩り④~龍の懐で岩石は思い返す~

「あら? 今日はお祭りか何かなのかしら?」



 サクヤのとぼけたもの言いに、ネジは肩の力の抜ける思いだった。


 冒険者と戦っている最中に、気づけば山の上まで来ていた。戦闘中に逃げるようなことをするのは初めてだったが、やってみると少しだけ弱い人間の気持ちがわかる。


 サクヤは、溶岩の湯にかりつつ、何事もないかのようにぐっと背伸びをしてみせた。



「ガリバーは来たか?」


「ん? カラスちゃん? 来てないけど」


「そうか」


「はぐれちゃったの?」


「あぁ。わるいが保護してやってくれないか?」


「えー、めんどくさい」


「頼む」


「もう。貸しだからね。ホオリに探させてあげる」


「ありがとう」



 ネジが、素直に感謝すると、サクヤは、ふふと笑った。



「丸くなったわね。カラスちゃんのせいかしら。ずいぶんと人間くさくなっちゃって」


「そうか」


「だから、やられちゃうのよ。そんなにぼろぼろになっちゃってさ」


「そうだな」


「今のあなたなら、ホオリでも勝てるかもね」


「かもな」



 返す言葉もない。すべてサクヤの言う通りだ。昔のネジならば、呪いの込められた太陽鉱石を体内に取り込むような不用意なことはしなかっただろう。いや、魔女のなすことだ。あらゆる手段をとって呪いをかけることに成功したかもしれない。だとしても、躊躇ためらうことなく呪いを崩していただろう。


 誰が死んだとしても、構うことなく。


 何万匹の人間が死のうとも、国が亡ぼうとも、気にすることなく、自らのために呪いを崩しただろう。


 を大切に思うことなどなかった。



「弱くなった」


「あはは、不変のゴーレムが言うと笑えるわ」


「どうしてだろう。何百年と変わらなかったはずなのに」


「おかしなことじゃないわ。この世に変わらないものなんてない。あなたも例外じゃなかったというだけ」


「あんな小さな存在に」


「小さいか大きいかは関係ないのよ、きっと。大事なの出会い」


「出会い?」


「そう。何百年という時間をかけるでもなく、強大な存在に触れるでもなく、出会うべきときに出会うべき者と出会ったとき、変化というものは訪れるの」


「出会いか」



 彼との出会いを思い返す。


 ネジが望んだ出会いではなかった。吸血鬼にむりやり押し付けられたのだ。あのとき、ことわっていればよかったのではないだろうか。もしも、断っていたとしても、彼はどこかで生きていけただろう。ネジが引き受ける必要はなかった。


 必然とは言い難い。


 だけど、後悔しているかと聞かれれば、答えかねる。


 あの出会いがなければ、彼の一挙手一投足にうろたえることもなかった。獲物えものがとれたと喜ぶ彼の顔を見ることもなかった。おなかを壊して苦しそうな顔も、稽古でうまくいかなくて悔しがる顔も、いたずらをしかけてきて笑った顔も、ネジは知らないままだった。


 

「弱くなったかもしれないけれど、楽しかったでしょ?」


「……楽しかったのか」


「そうよ。楽しそうだったもの」


「そうか」



 あれは、楽しかったのか。


 初めての感覚に戸惑とまどっていた。けれども、サクヤに名前をつけられて、知識と現実が結びつき、すっとネジの胸の中のもやもやを晴らした。


 山の下に、冒険者の気配が近づいてくる。


 

「そろそろ行く」


「手伝ってあげようか?」


「冗談だろ?」


「強がっちゃって」



 サクヤは、岩に腰かけて、呆れたふうに尻尾しっぽひざの上に置いた。



「死なないでね。私との約束があるんだから」


「あぁ、少し待っていろ。片付けてくる」



 身体の崩れていくところから、むりやり作り直していく。はたから見たとき、どのような形をしているのか、もはや自分でもわからない。それでも、前に進む。あいつらを倒した先にしか、ネジの平穏はないのだから。


 もしも。


 もしも、またガリバーに出会えたならば。


 一緒に居られて楽しかったと、伝えよう。

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