第74話 魔女の座談会。どうせ悪だくみです

「ゴーレム狩りですわ」



 金髪の猫耳娘は、温泉にかってふにゃあとしながら、隣の女に告げた。獣人は自分で毛づくろいするため、風呂というものをあまり好まないが、彼女はそうでないらしい。



「考え直さんかの」


「愚問ですわ。冗談で破滅卿ウィッカ・ルーインを呼びつけたりしません」


「そうじゃな。緊急事態だと言われて急いで尋ねたら、部屋の掃除をさせられるなんてこと、普通はないじゃろうて」


「あのときは大変だったんですもの。ピーナッツバターのびんがなぜか破裂したんですのよ。部屋中べとべとで」


「くそっ、次やりおったら、瓶に詰めてバターにしてやる」


「あはは、ムリですわね、それ」



 ぐぬぬと女は顔をしかめる。こちらは人間だ。年寄りくさい口調とは裏腹に20代前後の若い身体で、岩に腰かけ足だけを湯につけている。


 近くに火山があるおかげでここいらに自然の温泉がいくつもある。彼女達は、その内一つに浸かっていた。とはいっても魔国と人間の国の境にあり、観光客などはいない。周囲を見ても、こんなところの温泉に浸かりにくるのは、彼女達二人だけである。


 たった二人の女。しかし、その中身は異なる。


 魔女。


 一応、人間と呼ばれる種族であるが、彼女達が人間に分類されることはない。魔女という種族。そう考えて差しつかえない。


 破滅卿と呼ばれた女、破滅の魔女は、水面を足でばしゃばしゃとはじきながら口を開いた。



「というか、金ぴか姉様。湯に浸かるときくらい装飾ははずしたらどうじゃ」


「嫌ですわよ。乙女おとめたるもの、いついかなるときもいろどっていませんと」


 

 じゃらりと、黄金の魔女ウィッチ・ザ・ゴールドは手首のブレスレットを揺らす。それだけではない。首から大きな宝石のついたネックレスを下げ、猫耳のピアス、重たそうな髪飾りをつけ、明らかに装飾過多そうしょくかたであった。



「姉様の身体じゃないじゃろ」


私様わたくしさまの使う身体なのだから一緒ですわ。みすぼらしかったらやる気が出ませんの」


かざる気持ちはわからんのぉ。面倒くさい」


「あなたは自分の体も飾らないじゃないですか。前に会ったとき、ぼろぼろの服を着ていて、どこの浮浪者ふろうしゃかと思いましたわよ」


「ほっとけ。見かけより効率じゃ。姉様みたいに、見かけばかりで中身のない法具を身につける気はない」


「私様は両立しているんです。魔法とは常に美しくなければいけませんからね」


「価値観の相違じゃな。魔法とは混沌こんとんであればそれでいい」


「はぁ。昔からあなたとは意見が合いませんわ」


「意見の合う魔女などおるのか?」


「む。まぁ、いませんけど。でも、白骨卿ウィッカ・スカルとなら話が合うと思うんですのよね。一度も話したことないですけど」


「え? 何で? 白骨の魔女って、腐食の魔王ロード・コラプスに呪いで骸骨にされたから、道ずれに百年がかりでその国の全員を骸骨にした変態じゃろ? どの部分で?」


「何でしょう。視界を白に統一するという美意識?」


「……まぁ、姉様がそれでいいんなら、勝手によろしくすればいいかと」



 湯に浸かり直す破滅の魔女に対して、そんなことより、と黄金の魔女が話を戻す。



「ゴーレム狩りについてですわ」


「あー、それのぉ」


「それですわ」


「正直、ムリじゃと思うんじゃよな。魔法の効かないゴーレムって、わしの天敵じゃもの」


「まぁ、そうですわね」


「何で、今さらゴーレムなんて」


「ちょうど今組んでいる魔法具で、ゴーレムを参考にしたいんですの。ほら、ゴーレムって魔法の貯蔵効率ちょぞうこうりつが高いでしょ。あの仕組みを解明したいんですのよね」


「金ぴか姉様は研究熱心じゃの」


「あなたはもう少し魔道の探求をなさい。世の中の敵となることだけが魔女のつとめではありませんのよ」


「魔女の務めではないが、わしの生き様ではある」


「うるさいですわ。とにかく、私様がゴーレム攻略をしたいと言っているのですから、協力なさい」


「今さら言うのもなんじゃが、何でわしが?」


「あなた、昔、ゴーレムつくってたでしょ。壊し方もわかりませんの?」


「わしのは見様見真似みようみまねの人形じゃからな。姉様の言う魔力貯蔵の仕組みはわからんかったから、を近くにおいたんじゃ」


「うわっ、何ですの、その妥協だきょう産物さんぶつは? 美しくありませんわね」


「見かけはかわいく作ったんじゃぞ」


「そういう問題ではありませんわ。まぁ、いいです。とにかく、私様の研究にどうしてもゴーレムの死骸が必要なの。何とかしてゴーレムを壊しなさい」


「相変わらずむちゃくちゃな」


「いいでしょ。祝福卿ウィッカ・ゴスペルの最高傑作、ネメシスジャックを壊すのは、不肖の弟子たる破滅卿であるべきですわ。これはこれで美しいじゃありませんの」


「まぁ、楽しそうではあるがの」


「うふふ、意見は合いませんが、破滅卿のそういうところは好きですわ」


「はぁ、姉様方の中では好きな方じゃが、金ぴか姉様のそういうところは苦手じゃ」



 肩を落とす破滅の魔女に対して、黄金の魔女は子供のような笑顔でたずねた。



「で、何か考えてきたんでしょうね?」


「一応のぉ」


「さすがは破滅卿ですわ。で、どうやって壊すのかしら? 魔法はいっさい効かない、物理攻撃も効かない。その上、半永久的に止まらないゴーレムの弱点って何なの?」


「弱点は、ない」


「? それは何かしら? 私様への遠回りな反抗?」


「待て待て。別にさぼったわけではない。実際のところ、あれの弱点などないのじゃ。正面から壊せるとしたら、英雄か龍か魔王くらいのものじゃろうて」


「じゃ、どうするんですの?」


「50年くらい時間をくれれば、英雄をつくるという手がある」


「嫌。そんなに待てませんわ」


「じゃろうな。だからといって、龍や魔王をそそのかすと無駄に恨みをかいそうで怖いから嫌じゃ」


「あら、そう? 今さらだと思いますけど」


「まぁ、姉様はそうじゃろうが。ということで弱点はないので壊すのは難しい」


「ふーん、で?」


「うっ、金ぴか姉様、怖いんで、すごまんでくれんかの」


 

 破滅の魔女は、逃げるようにして湯舟の向かい側に泳いでいき、岩に両腕を乗せて、ぬひひと笑ってみせた。



「ちゃんと作戦は考えてある。それにしても、本当に姉様は運がいい」



 斜面の下の方から歩いて登ってくるのは一人の少年。歳は十二、三といったところか。東の方に多い黒髪と黒目。剣をたずさえてはいるが、冒険者というには若すぎる。彼は、悪意など微塵みじんも感じられない晴れた表情をしていた。



「弱点がなければ作ればよい」


「あれが弱点ですの?」


「あれが弱点になる」


「そう。じゃ、お願いしますわ」



 少年を見下ろすのは二人の魔女。この世の不条理を煮詰につめたような、悪意に満ちた笑みは、ただ彼を呑み込むばかりであった。



「ところで、破滅卿。あなた、若いのにどうしてそんな年寄りくさいしゃべり方するんですの?」


「ほへぇ?」

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