第72話 快気祝いでもしましょうか

「あははは! 髪焦かみこげたまんまじゃん! 黒!」



 ガリバーの髪を見て大笑いしているのは、サクヤである。彼女は腹をかかえて笑っており、そのままダンゴムシになるのではないかと思えるくらいに丸まっている。



「サクヤの血のせいだろ。おまえの髪色がうつったんだ」



 ネジがさすがに突っ込む。一方で、ガリバーは頭を押さえて、恥ずかしそうにしていた。


 しばらく寝たきりであったが、一ヵ月もすると死にかけていたのが嘘のように、ガリバーの身体は元に戻った。ところどころにうろこが生えるという現象もあったが、それもなくなり、今ではすっかり元気な状態となっている。


 ただ、サクヤが笑っているとおり、目と髪の色が、サクヤと同じ黒色に変化していた。



「あー、おっかしい。髪だけ黒くなるとか。あ、目も黒くなっている。そんな中途半端に影響出るのね。あはははは! 気持ちわるーい」


「ホオリが魔力を食べてくれたからな。そのおかげだろ」


「あれね。よかったでしょ。正直、人間がどうなろうとどうでもよかったんだけど、暇そうにしているあの子を見ていたら、ぴんと思いついたのよ。グッジョブね、あたし」


「あぁ。いろいろ気になるところもあるが、その通りだ」


「うふふ。感謝するがよい」


「感謝する」


「うふふふふ。ぷっ、あはははは! やっぱり、髪焦げてるのおもしろい!」


「おまえの笑いのツボがわからん」



 今日は、サクヤに礼を言いにきたのだ。場所は、山の上、例の溶岩の湯。そう、ガリバーが黒焦げになった場所である。当然のごとくガリバーは本能レベルで来ることを拒否したのだが、助けてもらって礼を言わないのは魔道に反するとネジが抱えてきたのだった。


 そして、礼を言ったら、サクヤが笑い虫にとりつかれたというわけである。まぁ、喜んでいるからよしとしよう。ひとしきり笑ってから、サクヤは、ぽんぽんとガリバーの頭を叩いた。



「いいわ。あたし、あんたを気に入った。そうねぇ、カラスちゃん。その黒髪にちなんで、あんたのことをカラスちゃんと呼ぶわ」


「僕はガリバー、だけど」


「だめ。今からあんたはカラスちゃんよ」


「えー」


「返事は、はいよ、人間。また黒焦げになりたいの?」


「……はい」



 サクヤにひとにらみされて、ガリバーはおずおずと引き下がった。直感的に生物としてのレベルの違いを感じたのだろう。ネジから見れば、人間から見た火炎龍などは台風や地震に近い。いや、大火災か。


 

「で、何だっけ。魔法を教えてほしいんだっけ? いいわよ。この火炎龍サクヤ様が、直々に教えてあげるわ。どうしてもって言うなら、エッチなこともね」


「おいおい、まだ子供だぞ。生殖せいしょくはできないだろ」


「古いわね。今時の人間はね、子供作るためじゃなくてもエッチするのよ。気持ちよくなるためにね」


「意味がわからん」


「ま、ゴーレムにはわからないかもね」



 意味はわからんが、サクヤが興味を示したのはよかった。新しい遊び道具を手に入れたような、そんな様子ではあるが、興味がないよりはいい。この分ならば魔法もちゃんと教えてくれるだろう。


 

「よし、カラスちゃん。どうせやるなら、魔女よりもすごい魔法を使えるようになろう。そして、魔女を駆逐くちくしよう。そうしよう」


「え? そりゃ、すごい魔法が使えたらうれしいけど、僕にできるかな」


「大丈夫、大丈夫。あたしが教えるのよ。あんたがどんなに才能のないぼんくらでも、百年くらい修行すれば、ホオリくらいの強さにはなれるから」


「ひ、百年!? し、死んじゃうよ」


「あれ? 人間ってそのくらい生きなかったかしら? 昔会った魔女がそのくらい生きていたけど」



 そりゃ魔女だからだろう、とネジはそばで聞きつつ思った。まぁ、関わりがないとわからなくなる気持ちはわかる。ネジも最初わからなかったし。


 

「じゃ、とりあえず火を吹いてみなさい」


「え? できない」


「できるできる。簡単だから、こう、胸のところで火をめて、ふーっと吐くだけだから」


「僕、人間なんだけど」


「簡単に諦めない。はい、やってみよう」


「えー」


「返事は?」


「……はい」



 ネジよりも、サクヤの方が人間との交流が多いだろう。ただ、付き合っている人間が特殊過ぎる気がする。ガリバーが何もできないただの人間の子供であることを、どう教えてやったものかと、なんとか火をこうとリスのようにほおふくらませる姿をながめつつ、ぼんやりとネジは考えていた。

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