第71話 看病は焦らず根気よくですよ

 人間とはこんな間抜まぬけだっただろうか。


 ネジは、薬草で全身をおおわれたガリバーを見て素朴そぼくに思った。ガリバーというより、ガリバーだったものと言った方がいいかもしれない。全身まる焼けとなって、黒ずみと化したものを人間と呼ぶならば、土人形も人間と呼んでいいだろう。



「元に戻るのか、これ?」



 溶岩の中に頭から落ちた。


 そんな状況にいったいどうやったらおちいるのかと我ながらに疑問だが、実際にネジの目の前で起きたことだ。剣の稽古だの食料調達だの、いろいろ問題はあったがうまくいっていた。この分だと五年などあっという間に過ぎるだろうと油断していた。


 あんなにあっけなく死が舞い込むとは。


 今まだ生きているのは運が良かったとしか言いようがない。というより、ひとえに火炎龍サクヤのおかげである。


 あたしの血、使う?


 龍の血といえば猛毒である。一方で、魔力のかたまりでもあり、万能の薬でもある。つまるところ効くかどうかは運次第というところ。


 あのまま放っておいても死ぬだけだろうから、ネジは、サクヤの血をガリバーに投与した。いや、しようとしたけれど、人間の子供に血は強すぎるということで、彼女の汗を投与した。


 ガリバーは、皮膚が焼ける痛みなのか、それとも龍の汗を呑んだせいなのかわからないが、すさまじく苦しみ、三日三晩叫びつ続けた後、なんとか一命をとりとめた。


 これを生きている状態と呼べばだが。


 薬草に治療の効果はない。単なる痛み止めである。治療は龍の力。人間には過ぎた力であるそれは、ガリバーの身体をむりやり治しては壊していく。


 死にはしないが、生きてもいない。


 生死の境をあと何日彷徨さまよえばいいのだろう。彷徨った後に、こちらに帰って来られるのだろうか。


 運任せというのは好きではない。ただ、今はそれしかないと、ネジは黙々と薬草を取り換えた。



「やっほー。ゴーレムくんいる?」



 この場にそぐわない陽気な声でやってきたのは、火炎龍である。だが、サクヤではない。一回りほど小さい人間の少女の見た目をした彼女は、尻尾しっぽをふりふりと振った。



「ホオリか」


「おっす。ママのお遣いで来たよー」



 やってきたのは、サクヤの娘のホオリであった。擬態ぎたいなのだから人間の姿まで似せなくていいというのに、顔の造りは母親似である。違いを出そうとするかのように目と髪の色は赤い。その点、ネジはホオリの方に好感を持てた。


 一方で、おっとりとしていて性格はあまりサクヤに似ていない。ただ、欲望に忠実で、その点ではサクヤよりも龍らしい。



「それで、何をすればいいの? そこの人間くんを食べればいいの?」


「食べるな」


「え? じゃ、私何しに来たの?」



 それはネジの方が聞きたいところなのだが。



「サクヤから何も聞いていないのか?」


「うーん。何かね。人間くんを食べてこいって言われた」


「おい」


「あ、違ったかも。えっと、人間くんの魔力を食べてこいって。ママの魔力と混ざっちゃったんでしょ。よく生きているね。人間なのに」



 なるほど。ガリバーは今、龍の汗により人には余る魔力を取り込んで苦しんでいる。だから、その余分な魔力を吸い出してやれば治る可能性はある。



「頼む」


「おっけー。ねぇ、ついでに右足だけかじっていい?」


「だめだ」


「だめかー。仕方ない。やるか」



 ホオリは、よいしょとガリバーの上に乗ると、彼女の首筋をぺろりと舐め、そしてがぶりと噛みついた。咄嗟に吸血鬼をイメージしたが、彼はもう少しエレガントに噛みつく。彼女は、なんというか、野蛮だ。いや、どっちでもいいんだけど。



「ぷはっ。ママの魔力っておいしくないのよね」


「そうなのか。わからんが」


「ちなみに噛みつく必要はなかったけど気分で噛みついた。血がおいしかった」


「何やってんだ」



 本当に龍という生き物は自分勝手だ。まぁ、能力は確かだろうから、ちゃんと仕事をするだろうが。



「で? うまくいったのか?」


「ばっちし」


「ガリバーは元に戻るか?」


「さぁ。わかんないよ、そんなこと。とりあえずママの魔力っぽいのを食べたけど、全部食べちゃうと死んじゃいそうだったから、少し残したし」


「そうか。それにしてもホオリは器用だな」


「えへん。魔力操作に関してはママよりうまいからね。というかママは大雑把だから」



 魔力について、ネジにはわからない。ネジも魔力で動いているが、その操作は吸収するか、身体を変形するかのどちらかだ。そんな複雑な魔力操作はできない。



「何か、人間を回復させる魔法を知っているか? 薬草でもいいが」


「うーん。わからないな。人間って殺すか食べるかだから。回復させたことなんてないし」


「そうか」



 そりゃそうだ。同じことを問われたら同じ回答をネジもする。人間なんて簡単に死んでしまう生き物を、どうにか生かそうとしているのだから、おかしな話だと自分でも思う。



「ねぇ、もういい? やることやったから帰りたいんだけど」


「あぁ、感謝する。サクヤにも礼を言っておいてくれ」


「ほーい。覚えていたらね。じゃ、またねー」



 さっさと去っていくホオリの後ろ姿をとくに見送ることなく、ネジはガリバーを見下ろしていた。先ほどよりも少しだけ呼吸が楽そうな気がする。



「まったく世話をかけさせる」



 時の流れがやけにゆっくりしている。五年などあっという間だと思っていたのに、彼が起きないこの時間が、ネジには、百年くらいに感じたのだった。


 どのくらい時間が経っただろうか。彼が眠って、何度目かの夜が明けて、いつものように何事もないように小鳥がさえずった頃、ぼそりとその声は聞こえた。



「せん、せい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る