第61話 飲み会はだいたい愚痴の言い合いです

「金持ちがいいんだってよぉ!」



 俺はジョッキでテーブルを叩きつつ大声で言った。飲み屋の一席、そこで俺はカラスと酒を飲んでいた。というより、俺の愚痴ぐちを聞いてもらっていた。


 待ち合わせたわけではない。デイジーにフラれて、もう何もする気が起きないということでふらふらと酒場に足を運んだら、昼間っから飲んでいたカラスをみつけたのだ。



「まさか本当に告白するとはな」


「するって言っただろ。挑戦したんだよ、俺も」


「いや、人魚をはべらせて鼻の下をのばしてスケベしていた次の日の朝に、よくも言えたものだなと」


「スケベはしていない。眺めていただけだから」


「どうせフラれるんだったら、昨日、おっぱいの一つでも揉んでおけばよかったな」


「そうなんだよ。って、違うから!」



 からかってくるカラスは上機嫌に笑っていた。この男はいつも仏頂面ぶっちょうづらだが、こんな顔もするのだなと俺は驚いた。きっと歌姫の湯に入れたからだろう。何かを成し遂げた愉悦ゆえつは、俺ももう知っている。



「まじめに働いている貧乏な幼馴染よりも、性格のわるい金持ちの方がいいってさ。これだから、女ってやつはよぉ!」


「だな。女はわかっちゃいない。男の外面そとづらばかり見て、内面を見ようとしない」


「そうなんだよ! 絶対俺の方があいつのことが好きだし、大事にするし、幸せにできるのに!」


「まったくだ。そういう男を捨てて、金持ちに走る男なんてろくな女じゃないな」


「そうだそうだ! 見損なったよ! でも、好きだったんだよぉ」


「存外、未練がましい奴だな」


「人魚にもう来るなと言われるまで挑戦した奴には言われたくないよ」


「温泉はいいんだよ。努力したら努力しただけ返ってくる。だが女は別だ。いくら追ってもだめなときはだめだ。女にいれあげても碌なことはないぞ」


「カラスも存外ぞんがいこじらせているな」



 そこでふと気になって俺はカラスにたずねてみた。



「カラスには、恋仲になった人はいないのか?」


「俺の話はいいだろ」


「こっちは話したんだ。そっちも少しくらい話してくれよ」


「勝手に話したくせに」


「いいから」


「根なし草だからな。だいたいはその場かぎりで、恋仲になったりはしない」


「あー、冒険者っぽい。でも、俺は一人の女と愛を深めたいな」


「価値観の相違だな。だが、一人だけ、長く付き合った女がいたな。女冒険者で、しばらく一緒に旅をした」


「へー。いいじゃないか。何で別れたんだ?」


「結婚して冒険者をやめたいと言い出したんだ。一つの町に住みたいだと。そんな生き方を嫌っていたはずだったのに、何で考えを変えたんだか」


「そりゃ、あんた、女ってのはそういうものだろう。カラスと平和な家庭を築きたいと思ったんだ。いい女じゃないの。もったいないことしたな」


「だから、価値観が違うんだ。俺にとっては、温泉巡りが第一。それをくつがえすことはない。金だろうと女だろうと、世界の平和だろうと、そんなのは二の次だ」


「ぶれないな。そういうところはあこがれるよ」



 憧れると同時に、価値観がまったく違うことに気づく。だけれども、聞くのはおもしろいし、俺の話もできて少しすっきりした。悩みは話せば八割解決するというのは本当らしい。


 俺が、落ち着いてきたところで、カラスはふと思い出したように、紙包みを取り出した。



「金の話をしてくれて思い出した」


「金持ちに女を取られた話だけど」


「これをおまえに渡すためにこの町にいたんだ」


「何だ? って、お金じゃないか!」



 紙包みには、見たこともないような大金が入っていた。紙幣で一財産ある。こんなものをぽんと渡されて、はいとは言えない。



「な、な、何のお金だよ!?」


「歌姫の湯へのチャレンジに協力してくれた謝礼だ。やとった冒険者には金を払う。これは冒険者のルールだ」


「でも、こんなに」


「前人未到のチャレンジに成功したんだ。このくらいは当然だろう。そもそも、下調べを終えたら専門の冒険者を雇うつもりだったんだ。その分の金だよ」


「しっかし、すごい額だぞ。冒険者ってもうかるんだな」


「いい温泉に入るためだ。金に糸目いとめはつけない。それに、採取さいしゅした歌姫の湯を高く買ってくれる奴がいる」


酔狂すいきょうな奴がいるんだな」


「あぁ、悪質な魔女がいるんだ」



 急に手に入った大金で動転どうてんしている俺を置いて、カラスはスッと立ち上がった。どうやら、本当に金を渡すためだけの用事だったようである。



「なぁ、カラス。ありがとうな。あんたのおかげで、俺、まだがんばれそうだよ」


「お礼を言いたいのは俺の方だよ」



 はは、とかるく笑って、カラスは背を向けてから、呟くように言った。



「いい湯だったな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る