第60話 告白は重いのも軽いのもよくないですよね

「何よ、こんなところに呼び出して」



 早朝の公園で、デイジーはあくびをしつつ、不満の声をらした。



「わるいな、思い立ったらなんたらってやつだ。気が変わる前にはやく伝えたくて」


「だからって、こんな早朝に呼ばないでよ。私、朝弱いんだから」


「知っているよ。学校にも俺が手を引いていってやった」


「あの頃は頼りがいのある男の子だった」


「今もだろ」


「そうかしら」



 子供の頃のことというのは美化されるものだ。あの頃はよかったなんてのは当たり前の話。



「で、何なの? 昔話がしたくて呼び出したわけじゃないんでしょ」


「あぁ、そうだな。ほら、そろそろ結婚式だから」


「そうね」


「あんな男のどこがよかったんだ?」


「あんな男なんて言わないでよ。私、これから結婚して一緒に住むんだから」


「別に仲がよかったわけじゃないだろ。そんな奴と一緒に暮らしていけるのかよ」


「さぁ、どうかしら。結婚生活って別に仲がいいからうまくいくわけじゃないでしょ」


「仲がよくなくてもいいが、相手のことはよく知っていないとだめだろ」


「これから知っていけばいい」


「ひどい奴かもしれないぞ。いや、というか、ひどい奴だ。おまえだって知っているだろ。金持ちなのを鼻にかけて、えばっていじわるするような奴だ」


「それは一面でしょ。何度か話したけれど、そこまで悪い人でもなかったわ。それに、悪い人だったら直してもらえばいいんだし」


「おまえ、そういうところ強気だよな」


「頼りがいのない幼馴染を調教したことがあるからね」


「調教された覚えはないんだが」



 覚えている彼女は、いつも泣いていた。けれども、手を引いていたのは子供の頃の話で、大きくなってからは、確かに引かれてばかりだったかもしれない。


 いつまでも俺は子供のままだった。子供のままで、デイジーも子供のままで何も変わらないとそう思って、いつまでも遊んでいられるのだとそう信じていたけれど、そんなわけはなく、俺を置いてデイジーは成長していってしまった。


 そのことに気づいたのは、デイジーが突然結婚すると聞いてからだった。


 

「何? 私の結婚に文句をつけたかったの?」


「そうだけど、そうじゃない。そうじゃなくて、俺が言いたいのは」



 ずっと言えなかったこと。言わなかったこと。失敗することが怖くて、俺が挑戦してこなかったこと。


 

「好きだ」



 何かが変わったわけじゃない。けれども、挑戦することで前に進むことを知った。それが、いい結果になるのかわるい結果になるのかわからないけれど、どこかへ転がる。


 ここ最近、森の中に何度も転がされて、俺は、そんな当たり前のことを学んだ。


 だから、怖いけれど、遅いけれど、無駄かもしれないけれども、伝えた。



「デイジーのことが好きだ」


「え?」


「結婚しないでくれ」


「いやいや」


「そして、俺と結婚してくれ。幸せにする」


「待って待って」



 デイジーは、久々に慌てた顔を見せて、両の手を振ってみせた。



「え? 今さら?」


「遅かったのはわかっている」


「困るよ」


「あぁ、そうだな。ごめん。でも、伝えたかったんだ」



 俺の告白に、デイジーは言葉通り困っていた。そりゃそうだ。結婚式を前にして、こんなことを言われたって困る。そう考えれば言うべきではなかったのだろう。デイジーのことを考えるならば、何も言うべきではなかった。ただの自己満足。サイテー野郎。だとしても、俺のやりたいことならば命をかけてやってやろうと決意した。


 どうなるかはわからないけれど。


 好きなら好きって伝える。


 デイジーは、何度も顔を触ってから、胸を三度叩いて、少しだけ落ち着いて、そっと俺の方を向いて、泣きそうに微笑んだ。



「遅いよ」

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