第46話 運命という言葉は都合がいいと思います

「まだやってたのか」



 俺は、裸で森の中に転がるおっさん冒険者カラスを見下ろして、つい、いや当然のごとく呆れてしまった。



「何だ、また散歩か?」


「人をボケ老人みたいに言うなよ。この前、財布を落としたんだ」


「どうせ大したがく入ってないんだろ」


「余計なお世話だ」



 俺は、再び森に入っていた。自分でも理由はわからない。けれども、なぜか、カラスのことが気になって仕方なかったのだ。


 

「その様子だとまだうまくいってないみたいだな」


「そう簡単にうまくいかないさ。まだ、人魚の呪いを呪詛崩しブレイク以外でやり過ごす方法はわかっていないんだからな」



 呪詛崩しというのが何なのかわからないが、つまり、難しいということだろう。



「そんなことを言いに来たのか?」


「違うって。財布を探しに来たって言ったろ」


「こんな夜に探しにきてもみつからないと思うぞ」


「まぁ、それはそうかもな」



 財布の件は本当だけど、カラスに言う通り、たいしてお金は入っていなかった。だから、別にどうでもいいのだ。来た理由は別にある。



「なぁ、何でそんなにこの温泉に入りたいんだ?」


「? 愚問だな。いい温泉だからに決まっているだろ」


「温泉なんて他にもいくらでもあるだろ。こんな死ぬかもしれないリスクをってまで、温泉に入ろうとするなんてどうかしている」


「つまらないもの言いだな。ケチをつけたいのか?」


「そうじゃない。純粋に知りたいんだ。明らかにムリなことに挑戦する理由が」


「ムリかどうかなんて問題じゃない」



 カラスは、全裸でゆっくりと立ち上がり、尻の土をパンパンと払った。



「前にも言ったが、歌姫の湯は唯一無二の温泉だ。こいつに入るためだったら、俺は何だってする。おまえだってそうだろ。ムリかもしれないからって、いちばんやりたいを諦めたりしないはずだ」


「俺は……」



 やはり即答できずに、俺は言いよどむ。どうして、彼らはそんなにはっきりとやりたいことを口に出せるのだろう。怖くはないのだろうか。


 何を夢みたいなことをと笑われるかもしれない。失敗したときに絶望するかもしれない。それなのに、どうして、臆面おくめんもなく好きなことを好きと言えて、やりたいことに一生懸命になれるんだろう。


 俺が迷っていると、カラスはふんと言って背を向けた。



「わかってほしいなんて思っていない。ただ邪魔をするな」


「俺も」


「ん?」


「俺も、入ってみたい。人形の泉。歌姫の湯だっけ。そいつに俺も入ってみたい」


「急に何だ?」


「急じゃない。俺は、昔から人魚の泉の話を聞いたことがあった。温泉だったなんて知らなかったけれど、昔から憧れていたんだ」


「はぁ。おまえ、戦えるのか?」


「いや」


「魔法の知識は? 呪いについて何を知っている?」


「何も知らない」


「それでどうやって温泉に入るんだ? 言っておくが遊びじゃないんだぞ。命懸けだ。死ぬかもしれない」


「わかっている。いや、わかっていないかもしれないけど、俺は、今ここで挑戦しないとだめな気がする」


「わからんな」



 そうだろう。当の本人の俺がわからないのだから。


 変わらなくちゃいけないと思った。何かを変えなくてはいけないと。恋に猪突猛進ちょとつもうしんな女、温泉マニアのおっさんを見て、できることをしなくてはいけないと。


 そこにちょうど現れた挑戦。


 おとぎ話の中、人魚の泉で、呪いに打ち勝ち、温泉を堪能たんのうしようという、やや滑稽こっけいな挑戦に打ち込んでみようと思った。


 こういうとき、偶然を運命と感じてしまうのは、ロマンチストが過ぎるだろうか。いや、そこまでロマンチックな内容ではないのだけど。


 転機てんきに、ちょうど冒険者カラスに出会えたことには何か意味があると、そう思いたかった。


 カラスは、頭をかいてから、俺に視線を向けた。



「好きにしろ。まぁ、戦闘になるようなチャレンジではないしな。だが、死んでも知らんぞ」


「おう。よろしく」


「あとな、挑戦しないとだめだなんて理由で動くな。チャレンジってのは



 同じことのような気がしたけれど、きっとその言葉の選び方が生き方を決めるのだろう。俺は、言葉を置き換えてから咀嚼し、一度頷いてから、カラスの後を追った。

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