第27話 見えているものは人によって違うものです

「真剣を使いなさい」



 カラスの稽古けいこを受け初めてから二十日後、私は、左右に一度剣を振って、肩の可動域かどういきを確認してから、素朴そぼくに告げた。



「嫌だね。これで十分だし、そもそも危ない。おまえに怪我させるわけにいかないからな」


「あー、言い方がわるかったわね。と言っているの」



 私は、ひょいと跳ねて、前に出る。そして、間合いに入ったところで、剣を振る。



「!?」



 木の棒が真っ二つに割れる。その奥で揺れるカラスの驚いた表情が小気味こぎみいい。



「死にたくなかったら剣を抜きなさい」



 私がかっこよく剣を向けて宣言してやったのに、カラスは木の棒の斬れた断面を子供のようにながめていた。


 

「なるほど。魔力のコントロールはある程度できるようになったわけか」


「ある程度じゃないわ。きわめたの」


「その傲慢ごうまんさはなかなか直らんな」


「傲慢ではなく事実なのだもの。まだわかっていないみたいだけど、あんたの目の前にいるのは王女なのよ」


「たかが木の棒を斬ったくらいで大きな口を叩くものだ。まぁいい。では、王族の力を見せてもらおうか」


とくと見るがいいわ!」



 カラスが剣を引き抜くと同時に、私は、地をる。地面がえぐれる。今までとは異なる一瞬の魔力操作。それは、移動速度を跳ね上げた。


 自分でも反応できるかできないかの速度。一瞬でカラスのふところはいり、剣を振る。



「まぁまぁだな」



 また、この感覚。確実にとらえたと思ったのに、私の剣は、カラスに容易よういに止められた。


 

「まだまだ!」



 しかし、今までとは明らかに違う。軽やかにかわされたわけでも、木の棒で簡単に止められたわけでもない。しっかり体勢を整えられ、真剣で止められたのだ。


 剣をはねのけて、後ろに引く。距離の取り方がわかりにくい。自分の間合いが変わったのだ。どこから踏み込めばいいのかを見定めなければならない。


 ステップを踏む。そして、前へ。


 距離を一瞬でめる。そして剣を振る。金属のぶつかる甲高い音が鳴る。一つ、二つ、三つ。音の間隔は判別できない。そのくらいの速度で剣撃を繰り出す。



「速度に振り回されるな。いくら速かろうが単調な攻撃は怖くないぞ」


「嘘つけ! さっきから下がっているくせに!」


「おまえの馬鹿力ばかぢからを受けきれないんだ」


「また、バカって言ったわね!」


「今のはめているんだが」



 じゃ、もっとちゃんと褒めなさいよ!


 私は、力いっぱい振り切って、カラスを剣ごとはじきとばす。カラスの身体は大きく下がる。追って、私はすぐさま距離を詰める。


 体勢が乱れた。ここがチャンスだ。


 私は、カラスが立て直す前に、連撃を加える。器用にカラスは受け流すが、見る限りかなり苦しそうだ。


 追い詰めている。私が、カラスを追い詰めている!


 私の横なぎをカラスが無理な体勢で避ける。その勢いを殺さず、私はくるりと周り、もう一撃を繰り出した。



「終わりだ!」



 しかし、私の渾身こんしん剣戟けんげきは、また空を斬った。



「だから、視線を切るなと言っただろ」



 声は地面から聞こえてきた。気づくと同時に、足の裏から地面が消え、視界が反転する。



「きゃっ!」



 私の小さな悲鳴が試合を終わらせた。結果は、まぁ、おさっしの通りである。私は足をつかまれ、ぶらんとさかさでちゅうづりにされていた。



「もう! もっとマシな倒し方はないの?」


「女王陛下に顔には傷をつけてくれるなと言われているんでな」


「だからって、こんな恥ずかしい負かし方やめてくれる!? お嫁にいけなくなったらどうするの!」


「負けが恥ずかしいと思っている内はまだまだだな」


「そういう話してんじゃないの! 乙女おとめ的な話よ! まじまじと見ないでくれる? このエッチ!」


「やれやれ、ませたお嬢さんだ」



 まったく、この木偶でくの坊は。


 足を放されて、私は両手で地面を叩き、ひょいと立ち上がった。



「むぅ。悔しいわ。あと一歩だったのに」


「そう思うんだったら、まだ遠いな」


「あんた、そういうむかつく言い方しかできないの? わかってるわよ。あんたがまだ本気じゃないことくらい。でも、私が強くなったのは事実なんだから、褒めてくれてもいいじゃない」


「何だ? 俺に褒めてもらいたいのか? ふっ。何だかんだ言ってガキだな」


「なっ! むっかつく! あんた、絶対にもてないでしょ!」


「いや、そうでもない。無駄に金はあるからな。むしろ寄ってくる」


「……それでいいの?」



 何だろう。ある意味で、世の中の真実を語っているような気もするが、夢がなさ過ぎて悲しくなる。冒険者なのに、リアリストが過ぎないだろうか。


 私があわれみの視線を向けていると、カラスは首を一度かしげてから、剣を仕舞った。



「何にせよ。今日で稽古は終いだな」


「え?」


「おまえは十分強くなった。ロビン殿下との約束も果たしただろう」


「何よ。勝ち逃げするつもり?」


「勝ち負けに意味などない。今の状態でも、百回やれば一回くらいは俺に勝てるかもしれんしな」


「やだ! まだ勝ってないもの!」


「勘弁してくれ。俺は忙しいんだ」


「……本当に終わりなの?」


「あぁ。喜んでいいぞ。明日にはここを出ていく。しばらく王宮には寄らない」


「……」



 おかしい。


 確かにカラスの言う通りだ。私は、この男をわずらわしいと思っていたし、今も思っている。本当にデリカシーがないし、無駄に強くて勝てないし、むかつくし。


 でも、彼との稽古が終わりだと思うと、胸の内がざわつく。うれしくもなく、爽快感そうかいかんもなく、むしろ、寂しさのようなものが残る。


 ……。


 いやいや、違う違う。


 これは、そういうのではなく、きっと。



「やっぱり、も終わりなのね」


「遊び?」


「私って、天才じゃない」


「知らんが」


「天才なの! で、たいていのことはすぐにできちゃうの。剣術も魔法も、馬術もダンスも、できないことなんてない。だから、つまんなくて」


贅沢ぜいたくな悩みだな」


「あんたに負けたときは、すごい腹が立ったけど、ちょっとだけ楽しくもあったわ。私にもできないことがあるってね。でも、もう終わり。また、明日からつまらない日々に戻る。それだけの話」



 そう。それだけの、つまらない話だ。


 この箱庭の中で、何の変哲へんてつもない日常がまた始まる。それだけのことが、妙にもの悲しい。


 私が座ってひざを抱えていると、カラスはぽんと頭を叩いた。



「この世界はつまらないか?」


「つまらないわ。みんな、つまらない」


「そうか。俺は、おもしろいと思うけどな」


「あなたとは住む世界が違うのよ。たかが冒険者ふぜいにはわからないわ。すべてが見えている天上の者の気持ちなんてね」


「俺の姿はよく見失うのにな」


「うっさい」


「おもしろい世界が見てみたいか?」


「あんたなんかに何ができるの?」



 ふんと私は立ち上がって、その場を後にした。もう会うこともないこの男と話していても時間の無駄だ。だからといって、有意義な過ごし方なんて知らないが。



「まぁ、ちょうどいいか。少し不安だが、あいつでも」



 そうやって不貞腐ふてくされていたからだろう、カラスの不穏ふおんつぶやきは聞こえていたものの、気にめることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る