第28話 誘拐は犯罪です

「ん! んんんん!? んんんんんん!!」



 いったい何が起きた?


 さっぱりわからない。とりあえず生きてはいる。身体に痛みもない。痛みはないが、頭がくらくらする。何か毒を盛られた? いったい誰が?


 致死性のものではない。麻痺まひもない。眠気ねむけめてきたから、身体の自由もく。ただ、腕と足をしばられていて、動かせないが。いや、このくらいならはずせるか。


 私は、魔力を込めて、腕の拘束こうそくを外した。そのまま足の拘束を外して、目と口をふさいでいた布をぐいと千切り捨てた。



「ぷはぁぁぁあ!」



 大きく息を吸って、それから、立ち上がり、臨戦態勢りんせんたいせいをとる。踏ん張ろうとして足をすべらす。下はごつごつとした岩。室内ではなく外。空には月が出ており、肌寒い。聞こえてくるのは寄せては返す波の音。


 波の音?



「おう、起きたか」


「あんた!」



 そこにいたのは、予想外の男である。いや、実はそうでもない。他に予想もつかなかったし、うすらぼんやりと寝込みを襲われた記憶がある。


 冒険者カラス。


 彼は、岩場で火をき、ぼこぼことかした水をフィルターでして何かしらのお茶をそそいでいた。


 

「どういうつもり! ここはどこ!?」


「見てわからないのか? 海だよ」


「そういうこと聞いてんじゃないわよ!」



 確かに海だ。私は出不精でぶしょうであるが、とはいっても、公務で国内の町々をまわることがある。西の端の町、そこで海を見たことがあった。潮臭しおくさく、水は何やらべとべとして気持ちがわるかった。正直言って嫌いだ。


 いや、だから、そうではなく。



「何で海? というか、私をさらって何をしようって言うの?」


「別に攫ってない。おもしろい世界に連れて行ってほしいと昼間に言っていただろ。だから連れてきてやったんだ」


「頼んでない! というか、そうならそうと口で言いなさいよ! 何でしばってんのよ。あとが残っちゃうでしょ!」


「いや、うるさいのは嫌いだし、暴れられると持ち運ぶのが面倒そうだったからな、つい」


「つい、で縛ってんじゃないわよ! この変態!」


「寝ている間にわざわざ運んでやったんだ。お礼を言われることはあっても、文句を言われる筋合すじあいはない」


「あるわよ! バカじゃないの!」



 常識ってものがなさ過ぎる。


 冒険者にそんなものを求めること自体おかしいのかもしれないが、王女を誘拐しようなんて思いつくのは他国のスパイかテロリストくらいだろ。


 まったく、と私は腰に手を当てる。



「言っておくけど、海くらい見たことあるからね」


「何だ、意外とアウトドアなんだな。引きこもりかと思っていた」


「こんにゃろう……!」


「だが、おまえに見せたいのは海じゃない。あれだ」



 カラスがゆびさした先を私は恐る恐る見る。いや、怖いとか、じゃなく、何というか驚きたくない。けれども、絶対驚くようなものがあるんだろうなと思って。



「岩山?」



 あんまり驚かなかった。なぜなら、そこにあったのはただの岩山だったからだ。少し沖に出たところ。そこに海から突き出るように高くそびえたっている。確かに奇妙な光景であるが、おもしろいかと言われると。


 いや、待てよ。以前の視察で見た気がする。確かあれは。



魔晶岩ウィッチーズロック?」


「そうだ。いろんな海流のぶつかる特殊な海域のせいで、海の魔物の死骸しがいが集まり、結晶化してもったものだ。あれほど大きいものはなかなかない」


「いや、魔晶岩の説明はいいんだけど。というか、魔晶岩の浜って立ち入り禁止じゃなかったっけ?」


「あぁそうだ。別に採掘さいくつできるわけじゃないが、魔力の塊だからな。いずれ資源になるんじゃなかと王国が禁止している。だから、ロビン殿下から黄金の果実と引き換えに許可をいただいた」


「あー、そういえばそんな話していたわね」



 てっきり王宮の風呂の話だと思っていた。



「で、何? 魔晶岩から魔力結晶クリスタルを盗み出そうとでも言うの? だったら諦めなさい。それは不可能だから。この海域はね」


「知っているさ。この海域は、海流の影響で沖に出たが最後、海のもくずとなる。そのせいで、魔晶岩に辿たどり着けた者はいない」


「……、ふーん。わかっているんならいいけど。でも、それだけじゃないのよ。ここいら一帯にはね」


「魔物が多く生息せいそくしている。魔力が豊富なのだから当たり前だがな。いろんな魔物が集まっているからか、自然淘汰しぜんとうたされて強力な魔物ばかり。このんで近寄る奴はいない」


「……、強い奴がね、出るのよ」



 説明させてよ。


 私が、不満をつのらせていると、カラスは、再び海の方をゆびさした。



「そうだ、あんなふうにな」


「え?」



 振り返ると浜辺に何かがいる。うねうねとした長い身体に無数の足、そして、頭がぐいと持ち上げられ、赤く光る眼で見下ろしている。


 船食百足ジャイアント・センチピード!?


 船乗りが最も危険視する魔物だ。水陸両方で活動でき、動きが俊敏しゅんびん。その上、獰猛どうもうな肉食。いったい何隻なんせきがこの百足むかでつぶされただろうか。


 その船食百足が二体いる。



「やばぁぁぁぁい!」



 剣は?


 って、あるわけがない。寝間着ねまきのまま連れて来られたのだ。剣がなくても加速魔法は使えるが、魔法具がなければ、効率がわるい。



「あんた、逃げるわよ!」


「何を言う。このくらい処理してもらわないと困る」



 何をたわけたことを、と私が逃げの一手を考えていたとき、カラスがスッと前に出た。


 攻防が一瞬で過ぎる。強いのは知っていた。カラスは強い。しかし、まさか、船食百足を一蹴してしまえるほどの強さとは思わなかった。


 いや、それより聞き捨てならないことを言っていた気がする。



「今、何て言った?」


「だから、このくらいやってもらないと困る。今から、船食百足クラスの魔物と大量に戦ってもらう」


「誰が?」


「おまえに決まっているだろ。何のために連れてきたと思っているんだ?」


「いや、何のためかまだ聞いていないのだけど」



 船食百足の身体がバラバラとくずれ落ちる。崩れ落ちてなお、暴れているきもい物体を背に、カラスはやけに楽しそうに言ってのけた。



「今から、二人で魔晶岩を攻略するぞ」

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