第26話 ヒントは日常の中に転がっているものです

「もう、あの冒険者の元で稽古けいこをするのはやめてはどうでしょうか?」



 チシャが言うことは当然で、私はその提案に応じるべきだと思った。けれども、私は首を縦に振るのを躊躇ためらった。


 母様からひどくしかられて、半べそをかきつつ、私は部屋に戻っていた。正直、何で私が怒られたのかわからない。あれは絶対にロビンとカラスがわるいのに。ロビンは少し怒られたが、カラスはまったくの不問。納得いかないとチシャに愚痴ぐちっていたところだった。



「あの男は確かに強いのかもしれません。今までお嬢様にかなう者などいませんでしたから、さぞかし剣の腕は立つのでしょう。しかし、お嬢様への態度たいどは目にあまるものがあります。いえ、もはや最悪と言って過言ありません。そもそも、あの男には敵いませんが、お嬢様は十分お強いです。何もあんな失礼な男に我慢してまで、剣を習う必要はないのではないでしょうか」



 チシャの言うことはつくづくもっともだ。剣術は確かに王族のたしなみの一つであり、庶民に負けるようなことがあってはならないが、だからといって、世界一になる必要はない。


 戦争となったとしても、王族が前線に向かうことはないだろう。もしも私が剣を振るうような状態になったとしたら、そのときには、もう戦争には負けている。


 さらにいえば、私は第二王女。おそらく、将来的に政治にも戦争にも関わることはない。ともすれば、剣術の稽古などは単なる趣味。腹を立ててまで取り組むことではない。


 

「お嬢様も、あんなしがない冒険者に、その清い身体をけがされたとあってさぞ心を痛めていることでしょう。さっさと王宮から追放して忘れましょう」


「ちょっと待って。汚されてはいないから」


「運命の人が現れるまで、みたいなメルヘンチックな思いのもと、誰にも触れさせないようにしようと清い身体を守ってきたというのに」


「ねぇ、バカにしてるよね。確かに、恋とか愛とかにまだ夢見ていたい年頃ではあるけど、だからってそこまで初心うぶでもないから」


「このままでは、あのしょうもない男に何をされるかわかりません。そうしたらお嬢様の清い身体が、あーってなりますよ」


「あー、って何? やっぱりバカにしているよね。その、あー、の部分、どうせおまえわかんないだろみたいな意味だよね。というか、さっきから、ちょくちょく清い身体っていうのむかつくんだけど。自分は経験あるけど、みたいな、おまえはまだだよね、みたいな。別にえらくないからね。経験済みであることが何のアドバンテージにもなってないからね」


「経験済みっていわれるとマウント取ろうとしている感が出ますけど、経験豊富っていわれると少しかっこいい感じがするのは何でですかね」


「知らんわ」



 チシャが途中からふざけたので、私はテキトーに返しておいた。一応は心配してくれているようだが。


 

「魔力を瞬時に出せって言うのよ」


「はい?」


「普段はおさえておいて、剣を振る瞬間だけ魔力を放出しろって言うの。無茶だと思わない? そんな細かい魔力操作」


「あー、そういうことですか。いえ、お言葉ですが、お嬢様。私はできます」


「え? チシャできるの?」



 私でもできないというのに、メイドのチシャにできる? そんなことありえる? と私がチシャをじとっとみつめると彼女は首を横に振った。



「おそらく私だけではありません。お嬢様以外の者のほとんどはできるのではないでしょうか」


「嘘! そんな簡単なことなの?」


「簡単というより、自然と身につきます。というのも、私達はお嬢様のように魔力が多くないのです」


「?」


「たとえばですが、時計塔の掃除をするとき、私は強化魔法を使って、塔の上まで跳びます。しかし、強化魔法を使うのは跳ぶ一瞬だけです。それ以外のときも使っていては、疲れてしまい、仕事終わりに遊びに行けません」


「あなた、仕事はできるのに遊ぶことばっかり考えているわよね。それで、今日みたいな夜勤の日はどうやってモチベーションを維持しているの?」


「夜勤手当ですね。給料袋の重さを想像してがんばります」


「ねぇ、何か不満があったら早めに言ってね。私、チシャのことは大事に思っているから、ある程度なら話聞くわよ?」


「大丈夫です。満足しております。で、話を戻しますが、つまり、魔力を節約するというのは、私達には日常なのです。けれども、お嬢様は、私達とは比べものにならないくらいに魔力が多い。ですので、お嬢様には不要な技術だったのです」


「なるほど」


「ただ、武術の心得のない私にでもできるのです。決して難しい技術ではありません。きっとお嬢様なら、すぐに会得えとくできると思います」


「ふーん」



 そういうことかと、チシャの説明を聞いて私の中で整理がついた。一方でチシャは釈然しゃくぜんとしない顔をしている。



「それと、あの男の稽古を受けることと関係があるのでしょうか?」


「うーん。ないかな。いて言えば、私にできないことを、冒険者ふぜいができるってことが気に入らない」


「はぁ。また、お嬢様はそんな頑固がんこなことを」


「いいの。遊びよ、遊び。でも、チシャの言う通り、私にもできそうな気がしてきたから、この遊びも、もう終わりかもね」



 そう言って、私はあくびを一つしてとこいた。

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