第5話 助けてもらったらありがとうでしょ

 目を覚ました時、僕はあまりの臭いにき込んだ。



くさっ!」



 刺激臭が鼻をつく。まるで馬のふん煮詰につめているかのような臭いが、あたりにただよっていた。



「起きたか? これ以上、寝ているようなら置いていくつもりだったんだが」



 僕が身体を起こすと、黒髪の男が座り込んでいるのが見えた。同時に、自分の身体が地面に転がっていることがわかる。つるもない。どうやら生きているようだった。


 

「君が助けてくれたのか? ここは?」


「何だ? 脳みそをやられたか? 周りを見てみろ。移動はしていない」



 移動、していない?


 ゾッとして頭から一気に血の気が失せるのを感じる。そして、恐る恐る周りを見ると、黒髪男の言う通りである。


 ここは、食人植物プレデター・プラントの群生地のど真ん中だ。



「う、う、うわぁぁぁぁあ!」


「黙れ」



 叫んだ僕に、黒髪男は、剣先を向ける。その動きは、達人のそれであり、僕は有無を言わさず口を閉ざされる。



「まったく。どうして、そう騒ぎ立てるんだ。もっと冷静に物事を見極めろ。そんなんだからだまされるんだ」


「で、でも、こんなところにいたら、食人植物に」


「おまえは、あれに目があると思うか?」


「はい?」



 黒髪男は、またおかしなことを言う。



「食人植物に、目なんてあるわけないでしょ」


「じゃ、耳は? 鼻は?」


「だから、ないでしょ。植物なんだから」


「では、どうやって俺達を知覚している?」


「……それは」



 確かに。


 言われてみれば、そうだ。目も鼻も耳もないのに、どうやって僕達を攻撃してきたんだ?



「肌、振動?」


「そうだ。食人植物は蔓に触れた物を攻撃しているに過ぎない」


「そ、そんな。でも、あいつらはいきなり僕らを狙って攻撃してきて」


「おまえらが威勢いせいよく蔓を斬ったからだ。それに、あいつらは、狙って攻撃しているわけじゃない。テキトーだ。無作為に蔓で地面の物を縛り上げ、吊るし、つぶす。それだけの植物だ」



 それだけ?


 それだけだって? 冒険者集団の半数が死んでいるというのに、それだけの植物って。



「それだけとは言ったが、決して安全なわけじゃない。蔓は、触らずに通れるようには配置されていないし、おまえのように不用意に騒げば、触っていなくても探知される」


「うぅ」


「わかったら、静かにしていろ。他の奴らのように、食人植物の肥料になりたいんだったら別だがな」


「他の、って、エミリーは!? エミリーはどこだ!?」


「……おまえ、学習しないのか?」



 気づいて、僕はハッと手で口をふさぐ。その様を見て、黒髪の男は呆れたように鼻を鳴らしてから、あごをくいと動かした。



「その女でなければあきらめろ。見たところ、生きていたのは、おまえとその女だけだ」



 うながされて見た先には、女の子が転がっている。そして、その呑気のんきな寝顔は、確かに見知った顔で、僕は涙が出るのを抑えきれなかった。



「エミリー、無事だったんだ。よかったぁ」


「そいつだったか。運のいい奴らだな」


「でも、どうして。僕は、蔓に捕まって。どうがんばっても、脱出できそうになかったのに」


「簡単だ。蔓を斬ったんだ」


「え? でも、それだと蔓がまた捕まえにくるんじゃ?」


「あぁ、代わりに魔獣の死骸しがいつかませてやった。さっきも言ったが、別に人を認識して襲っているわけじゃない。何か掴ませとけば食人植物は止まる」


「そ、そんな方法で助られるなんて」


「ちなみに、そっちの女は、地面に転がっていた。だから、助かったんだな。この蔓は、ある程度の高さ以上のものしか掴まない。暴れ出したらせるのはいい対応だ。最も、この女はただ気絶していただけだろうが」


「それでも、生きていてくれてよかった」



 僕はエミリーの横に座り込み、そして、顔をでた。ちゃんと温かい。生きている。それだけで、うれしくてたまらない。



「ありがとう。助けてくれて」


「運がよかったな。たまたま俺の知った顔が視界に見えて、気まぐれに助けた」


「それでも、ありがとう、えっと、君、名前は?」


「カラスだよ」


「それは本名?」


「どっちでもいい。今、重要なのは、おまえがこれからどうするかだ」


「どうするってそんなの!」



 決まっている、と言いかけて、僕は、次の言葉に迷う。道は一つしかないと思っていた。退路だ。こんな恐ろしい森から一刻も早く逃げ出したい。でも、もう一方にも道があると、カラスと名乗る黒髪の男に問われて気づく。



「神殿に、向かいたい」


「なるほど。腐っても冒険者か」


「でも、どうやって……、というか、さっきから何やっているの?」



 カラスの手前に鍋がある。そして、ぐつぐつと煮られているのは緑の液体。僕は、その臭いを吸い込んでしまって、大きく咳き込む。



「二角モグラの糞と食人植物の根を煮込んでいる」


「……何で?」



 ていうか、ほんとに糞を煮こんでいたのかよ。


 僕が鼻をつまんで、抗議の視線を向けていると、カラスはにやりと笑ってみせた。



「もちろん、前に進むためだ」

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