第4話 知らない人についていってはいけません

 何が起こった?



 僕は、逆さになった世界を見上げながら、薄れる意識の中で、目の前の出来事を必死に理解しようとした。


 聞こえてくるのは地獄の底に響くような悲鳴。そして、視界には蛇のように自在にうごめく無数のつる


 そうだ。これは食人植物プレデター・プラントだ。僕達は、この植物に向かって突っ込んだ。始めはよかった。蔓を切り裂いて、前に進んで、どんどん前進していった。


 けれども、次第に、食人植物の数が増えていくにつれて、僕達の剣では対処できなくなっていった。


 何よりも、炎の魔法が効かなかくなったのだ。これは最悪の誤算だった。食人植物に対して効くであろう炎、氷、風、すべての魔法が効かなかった。この時点で、作戦は破綻はたんしていた。


 今思えば、最初、攻撃が効いている風に見えたのも、僕達を奥に誘いこむためのおとりだったのかもしれない。


 撤退てったいすべきだ。


 僕がそう思って、後ろの中央隊に連絡しようとしたときだった。

 

 中央隊の魔法攻撃が、食人植物でなく、僕達を襲った。



「冒険者が、そう簡単に人を信じちゃだめだろ」



 ハーマンの声が上から聞こえてくる。いや、僕がちゅうづりにされているから、下なのだけど。



「ハーマン、これはどういうことだ?」


「まだわからないのか? 頭の弱い坊や達だ。おまえらはおとりだ。森の試練を突破するためのな」


「何だと!?」


「食人植物には、魔法が効かない。これは、遺跡攻略を一度でもしたことがある奴にとっては当たり前の事実だ」


「でも、そんな話、聞いたことが」


「ばーか。冒険者が、そう簡単に情報をらすかよ。遺跡攻略にチャレンジして得た知識は、そいつの財産だ。流すのはどうでもいい情報か、偽情報。おまえらみたいなバカをめるためのな」


「ふざけんな!」


「ふざけちゃいない。私達は本気で遺跡攻略を狙っている。そのためには、この森の試練をなるべく無傷で通過したい。だが、食人植物は、魔法攻撃がいっさい効かない。油をまいて火をつけても燃えやしない。斬っても斬った端から再生する。まともにやったら絶対に勝てない。では、どうするのか。生贄いけにえささげるのさ」


「な!?」


「食人植物は、人間をとらえると満足して襲ってこなくなる。問題なのは数だ。私達が通り抜けるだけの時間がかせげるだけの生贄の数が必要だった。まぁ、そのために、一年間、新人冒険者を集めていたわけだ」


「じゃ、僕達は、この食人植物のえさにするために……」


「そうだ」


「じゃ、僕の剣の腕をめてくれたのは……」


「前を走ってもらうためだ。みんな、褒めてやったら、簡単に従ってくれた。かわいいもんだ」


「……くそ! くそくそくそ! それでも冒険者か! 誇りはどこへやった!?」


「誇りより金だ。この遺跡攻略の準備にいくら投資したと思っているんだ。今回で絶対に聖剣を回収してやる」


「金? 聖剣は魔王を倒すためのものだろ!」


「あぁ、好きにしてくれていい。国に適正価格で売った後、そいつを使って誰が何をしようと知ったことではない。いずれにしろ、英雄行為をするのは私でも、おまえでもない。おまえはここで食人植物の養分になるんだからな」



 何だよ、それ。


 何だよそれ何だよそれ何なんだよそれ!


 僕達の冒険は、こんなところで終わってしまうのかよ。


 僕達?



「エミリーは? エミリーは無事なのか!?」


「さぁな。正直、餌の名前はよく覚えてないが、おそらくどこかで食われているんだろ。さて、そろそろ私は行くよ。せっかくの坊や達の犠牲が無駄になるからな」


「くそ! この人でなし!」


「人である前に冒険者だ。こんな鉄則も知らないなんて、死んで当然だな」


「ちくしょぉぉぉぉお!」



 笑い声と共に去っていく、ハーマン達の後ろ姿に対して、ありったけの罵詈雑言ばりぞうごんをぶつけた。しかし、その声は、届かず、蔓だけが反応してうねり踊る。


 

「くそぉ。エミリー、ごめん。こんなところで」



 蔓が徐々じょじょに締まっていく。僕の身体を締め上げて、すり潰そうとでもいうのだろうか。つぶされて土にまかれて肥料にされる。死に方としてはあまりに無惨むざんじゃないか。


 涙があふれる。


 怒りと痛みと、自分への不甲斐ふがいなさとくやしさが、胸の内で嵐のように吹き荒れて、目から鼻から口からと、こぼれ落ちていく。


 

「終わりだ」



 首が締まり、意識が遠のくのを、ただじっと待つ中で、僕は、を聞いた。



「だから、後方にいろと言っただろ」

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