第6話 そこまでする?
「うげぇ、臭いよぉ」
エミリーが不満の声を
「
「うぅ、他に方法はないの? こんなやり方で突破できても、人に話せないわよ」
確かに、この状態は誰にも話せない。
今、僕達は、地面に
そう、糞を体中に、塗り付けて。
再度、確認すると、ゾッとする。
「おまえら、人に自慢するために、神殿に向かっているのか? だったら帰って劇作家にでもなった方がいい。実際の冒険は物語にできない
「生臭いっていうか、
カラスの声に、エミリーがぶつぶつと応える。カラスは慣れたもので、さっさと進んでしまう。その後を、僕とエミリーが追う。なんだか
「この高さなら、食人植物は攻撃してこないんでしょ。だったら、こんな
エミリーの不満に、やれやれといった風にカラスは答えた。
「これは、他の魔獣避け用だ。食人植物の群生地帯には、大きい魔獣はいないが小さい魔獣はいる。伏せて進んでもたいてい小さい魔獣にやられるか、交戦して暴れて蔓に触れ、食人植物にやられる」
なるほど、それ魔獣避けが必要というわけか。
「二角モグラは、この森では強い方の魔獣だ。
理屈はわかる。だけど、実際にやるかと言われると
覚悟が足りなかった、と僕は再認識させられる。何でもする、どんな苦難にも立ち向かうと、口では威勢のいいことを言っていたが、魔獣の糞を塗ってまで前進しようとは思わなかった。
恐るべし、カラスという男。
でも、臭いのは嫌だな。
「こんな方法があるなんて知らなかったな。カラスしか知らないの?」
「さぁ。他の奴に聞いたことがないから知らないな」
「ハーマンに教えてあげればよかったのに。そうしたら、僕達がおとりにされることもなかった」
「あれはあれで正しい攻略法だ。おとりを掴ませて突破すれば、短時間で攻略できる。この方法だと五日はかかるからな。後の試練に体力を温存しようと考えると、あちらの方が効率的だ」
「
「安心しろ。おまえらが強引に進んだからな。あと二日分くらいだろう」
それでも二日もあるじゃないかと、僕とエミリーはぼとりと頭を地面に埋めた。自分の体よりも地面の方がいい
落ち込んでいても仕方ないと気を取り直して、進もうとしたときだった。
「止まれ」
「?」
カラスの声を聞いて、僕は思わず地面に身を伏せる。何があったのかと恐る恐る前を
「助けてくれ!」
その姿、顔をおぼろげにしか覚えていないが、確か、ハーマンと一緒に僕達を見捨てた奴らだ。あのとき、彼らは、うすら笑いを浮かべていたが、今は、涙を流して助けを
「誰か助けてくれ! 食い殺される!」
彼らは、蔓に飲まれているのではない。おそらく、蔓から
小さな魔獣の群れによって。
「穴掘りネズミ。この森の試練で警戒すべき本当の敵だ」
冒険者達に群がっている無数のネズミ。奴らは、冒険者の悲鳴など聞く耳持たず、
「なんておぞましい……」
「あれを避けるための魔除けだ。文句を言う気も失せただろ」
「えぇ、まぁ」
「ちなみにネズミというと
いや、そんな豆知識いらないんだけど。
「ついでに言えば、獲物を襲っているときの穴掘りネズミは凄まじく好戦的だ。ときには、二角モグラを襲うこともある」
「へー、え?」
今、カラスは何と言った? 二角モグラを襲うこともある? だとしたら、この臭い魔除けが意味をなさないのでは?
たらりと
「カ、カラス!? どうすれば!?」
「ふむ、こうならないように魔除けをしていたからな」
「ちょっと!」
穴掘りネズミは、こちらを窺っている。魔除けが一応効いているのだろうか。それでも、引く様子ではない。どこから
僕は身体を持ち上げて、剣に手をかける。数は、50、いや、60、100匹は超えていないと思うが。動きは
ごくりと
そのとき、カラスがのそりと立ち上がった。
「はぁ、ここで体力を使いたくはないんだが、仕方ない」
「カラス、そんなふうに立つと、穴掘りネズミを刺激しちゃうんじゃ」
僕の忠告は当たっていた。カラスが立つと、興奮した穴掘りネズミが一匹、彼に向かって走る。それを
「くそぉ!」
僕は、焦って剣を抜く。
だが、その必要はなかった。
穴掘りネズミが襲ってくる展開は予想通りであった。しかし、その次に目の前で起きた事象は、僕の想像の一切を裏切っていた。
穴掘りネズミが、はじけ飛んだ。
「ふぅ」
カラスの
「カラス。君は、いったい何者なの?」
明らかに達人。僕も剣には自信があったけれど、まったくの異次元。レベルが違う。
こんな、どこにでもいそうなしがない冒険者が。
僕が
「今の攻撃で食人植物が暴れ出す。吊るされたくなかったら、ついてこい。次は助けんぞ」
「「え!?」」
襲ってくる蔓を避け、斬り損ねた穴掘りネズミから逃げつつ走り、再び森が静けさを取り戻した頃には、当たりはすっかり暗くなっていた。僕は、疲れ果て、カラスが何者なのかと考える余裕もなく、ただ眠りに落ちてしまった。
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