P15
どこに向かって走っているのか、目の前の片側二車線の車道には多くの車が行き交っている。
ここに飛び込めば、ナオさんと同じ場所に行けるだろうか?
足を一歩前に出す。周りの人は誰も私が車道に跳び出そうとしているなんて気が付かない。誰もわたしを止めようとはしない。気にも留めない。
もう一歩。前に足を踏み出す。わたしの少し前を車のサイドミラーが風を切って通り過ぎていった。死に対する恐怖はどこにもなかった。世界の全部、自分の命すらどうでもいいと思えた。
――もう一歩、前へ。
『あなたは私の分まで生きてください。私の最後のお願いです』
不意にナオさんからのメッセージに書かれていた言葉が頭に浮かんで、足を止めた。瞬間、再びわたしの直ぐ側をサイドミラーが通り過ぎていった。
急に足に力が込められなくなり、その場に座り込んでしまう。小刻みに震える肩を、自分の両腕で抱きしめる。
死ぬのが怖くない? 嘘だ。そんなことはない。あの夜に校舎に忍び込んで階段を登っている時も、屋上から地面を覗き込んだ時も、今だって。ずっと、ずっと死ぬのが怖かったんだ。
だからあの日、屋上にナオさんが居てくれたから、わたしを止めてくれるかもしれないとホッとした。勝手に屋上から飛び降りたら良かったくせに、ナオさんを言い訳にして簡単に自殺を止めた。今だって、ナオさんのメッセージを言い訳に足を止めた。
わたしはずっと、ずっと死にたいと嘯きながら、死を恐れていたんだ。
横断歩道の手前で座り込んだわたしに話しかける人はひとりもいない。みんな、わたしを一度は見るけれど、すぐに哀れんだ顔をして目を逸して歩いていく。
わたしは何事もなかったように澄ました顔をして立ち上がると、またフラフラと目的地も決めずに歩く。
今すぐ死ぬのは怖いけど、このまま生きていくのも想像ができない。
「あなたは私の分まで生きてください。か」
通行人の誰にも、雑音にかき消されて自分の耳にすら届かないようなか細い声で呟いてみる。
自分は死んだから相手に関与できないくせに、他人には生きることを強要する無責任な言葉。他人から死という逃げ道すらも奪ってしまう、まるで呪いの言葉。
じゃあ、どうしろっていうんですか?
♯♯♯
日付が変わるか変わらないかの深夜。
本校舎一番東、鍵が壊れたままの窓を、音を立てないようにゆっくりと開ける。手に持っている物がどこかにぶつかって散らばらないように気をつけながら、窓の桟を乗り越えて校舎に入る。
廊下を歩くと、誰も居ない校舎にコツコツというわたしの足音が響く。警備員も宿直の先生も居ないのは知っているし、もし肝試しをしている生徒なんかに出くわしても、適当にあしらえばいい。
目的地の屋上を目指して、いくつかの階段を登る。
あの日のように冒険なんて浮かれた気持ちは欠片も湧き上がってこない。かといって、今日は死ぬつもりもないので、重く沈んだ気持ちにもならない。
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