第60話 幕切れ


「ハッハッハ、どうだ見たか美星か生まれ変わって蘇ったぞ」


 しかし親父の宣言とは裏腹にカプセル内の存在は全く動かない。


「母さんは蘇ったんじゃないのか? 全く動かないぞ」


「ふん、もう少し待っていろ、いま覚醒のための信号を送ったところだ。直ぐに目を覚ます」


 親父の言葉と共にしばらく時間を置いたが一向に目を覚ます気配がない。


「……どうして目覚めない。僕の計算ではこの世界の転生者として蘇るはずなのに」


「まったく、師として少しは見るべきものもある方かと思っていたが期待外れだね。本当に気付いていなかったなんて」


「きさま理由を知っているのか、さてはお前が何か邪魔をしたなこいつの血に何を混ぜた」


「責任転嫁なんて見苦しい、僕は何もしてませんよ。ただ転生者として生まれ変わるなら本人はもう死んでいる必要があるんじゃないですか」


「何を言っている。美星は僕の手で殺して埋めた。あの状況で生きている筈がない」


 改めて聞いても胸の奥から憎悪が湧き上がり飛び掛かりそうになるが、リオ先輩に目で制止させられる。


「では、僕が居る状態で前世の朝岡真昼を転生させることは出来ますか?」


「…………そんな。美星もこの世界に居ると言うのか?」

 

「いくら器があっても入るべき物がなければ意味が無いですよ、そんな事も見抜けていなかったなんて本当につまらない人間に落ちましたね哀れです」


「くっ、僕をそんな目で見るな。だいたい美星がこの世界にいるのなら何故僕に会いにこない」


 親父がここまできて、そのようなことをのたまう。


「だから言っただろうが母さんを殺めた時点であんたは母さんに見限られたんだよ、誰が復讐以外で自分を殺した相手に喜んで会いにくるんだ」


 そんな当たり前に考えつきそうなことすらこの男の頭にはなかったんだろうリオ先輩の言うとおりとても哀れな存在に思えてきた。


「嘘だ……なら僕はなんの為に今まで時間を費やして来たんだ」


 よろよろと頼りない足取りで母さんの形をした存在が眠るカプセルに歩み寄る。


「僕はなんの為にこの世界に呼ばれたんだ。君に会うためじゃないのか美星。頼むから答えてくれ」


「…………」


 しかし、母さんの姿をした存在は何も語らない、動く気配すら見せない。


「研究者の観点から言えばまったく無意味に終わった完全な失敗ですね」


「……あり得ない、僕が失敗するなんて全て完璧に計画して勧めてきたというのに……はっはっ……そうだこれは夢だ、長い長い悪夢だ」


 何なんだこいつは?

 自分の父親だった存在がこんなに幼稚で情けなく、終いには現実逃避をするような情けない存在だったなんて。

 まるで自分自身すら情けない存在に思えてくる。


「バカヤロウ……仮にも息子だった奴の前でにそんな情けない姿をさらすんじゃねえよ」


 この時僕は完全に上野匠海に戻っていた。

 溜まりに溜まった思いの丈を目の前の男にぶつけた。


「ハハッ、ハッハッ、何を言ってるんだお前?」


 やはり、この男には通じなかった。


「あんたがどう思ってたなんか今更知らん。でも僕にとっては間違いなくあんたは父親だった」


「ふん、気持ち悪い庇護してやったのは美星のためだお前のため何かじゃない」


 今なら親父の言い分も分かるが幼い当時の僕としてはちゃんと親父として接してくれていた記憶が確かにあった。


「それでもだ、偽りだろうが与えられないよりはマシだったんだよ。だいたい母さんが居なくなった後も何で僕を養い続けた」


「そんなもの世間体を気にしただけだ。だから直ぐに面倒を見てくれる奴を探した。結局役には立たなかったが」


「嘘だな。あんたが世間体なんか気にするかよ、確かにあんたは僕を愛してなんかいなかった。でも見捨てることも出来なかった。あんたが自分の手で消してしまった母さんの一部として」


「止めろ、僕はお前など認めない。僕から美星を奪う存在など認められるわけがないだろう」


「認める必要なんてない。僕のことなんてはじめから母さんの一部、単なる付属品とでも謂えば良かったんだよ」


 そうすれば僕を切り離して考える必要など無かったのに自分の手で愛する人を殺めることだって無かったのに。


「そんなのは詭弁だ、現に美星はお前と生きて行く事を選ぼうとした」


「それは切り離そうとしたからだろう。ただ受け入れれば良かっただけなのに、いずれ子供なんて離れていくものなのにアンタは僕と同じ視線で物事をとらえたただのガキだよ。改めて言うアンタごときが母さんを愛してたなんて二度とほざくな」


 目の前の男が欲したのは母と二人だけの箱庭、そこに僕という異物が紛れ込んだことにより狂いが生じた。それをこの男は受け入れる事ができなかったのだろう。


「違う、違う、違う、そんなはずじゃ」


 否定の言葉を連呼し、まるで子供のように母さんの形をした存在にすがりつく。

 あまりの情けない姿に見ていられなくなりひと思いに命を断とうと思ったその時、カプセル内の存在の目が開いた。


「バカな、想定外だ」


 リオ先輩が驚愕の表情で言う。

 それに気付いた親父が歓喜の表情へと変わる。


「あはっ、アハハハ。見ろ、やっぱり僕は間違っていなかった。今度こそ美星は僕を選んだんだ」


 その言葉に反応するかのように母さんの形をした異形体は自力でカプセルを叩き割り外に出ると親父のもとに近づいて行く。


 親父は涙を隠さないまま歓喜の表情で両手を広げその存在を迎え入れる。

 しかし二人が抱擁を交わす瞬間親父の背中から手が生えた。


「がはっ、どっ、どうして美星………」


 親父が口から血を吐き自ら生み出した異形体に倒れ込みそうになっるが無情にも異形体は親父から手を引き抜くと無造作に蹴飛ばした。


「後輩君、アレは未知数すぎて脅威度が測れない捕獲出来なければ抹消したほうが良い」


「了解です。リオ先輩」


「済まない君に辛い役目を押し付ける事になって」


 確かに母さんとそっくりそのままの形をした存在を抹消するのは気が引けるがあれは完全に別物だ。


 無防備に立ち尽くす異形体に接近しまずは捕獲に入る。そして僕が近づいた瞬間、無表情だった異形体が微笑んだ気がした。


「えっ?」


 その一瞬だが思わず戸惑ってしまった。

 それと同時に力が抜けたように異形体は膝から崩れ落ち動かなくなる。


「イレギュラーが多すぎだね。正確な状況判断が出来ないよ。後輩君、危険が無さそうならその個体を回収してくれたまえ」


 リオ先輩に言われ崩れ落ちた母さんと同じ姿をした異形体を見るともう動きそうにない。

 現時点での危険性は低いと判断して抱きかかえて回収する。


 親父の方も確認してみるが既に手遅れでこと切れていた。


「ほう、無事に回収してくれたようだね」


「ええ、何で動いたのかが不思議なくらいですよ」


「ところでこの研究施設をどうするつもりだい?」


 期待に満ちた目で僕を見てくるリオ先輩。

 言いたいことが痛いほど伝わってくる。


「出来れば親父の忌わしい研究など葬り去りたいところですが先輩の役に立つのなら利用しても構いませんよ、その前に安全確認はしますけど」


「ははは、さすがは愛しき後輩君だ。僕の知らない装置もあるし是非研究に役立ててみせるよ」


「ええ、一度治安部隊を入れますがその後は好きに使ってください。それからこの個体はどうすれば良いですか?」


「とりあえず解析したいからこちらで預かるよ」


「一応、また動き出すか分からないので結界強度は最大にして何かあれば直ぐに僕を読んでくださいね」


「ああ、分かってるよ」


 僕はそのまま母さんの形をした異形体を先輩に預け一度スゥインスタの前線占拠した王城に確保した自室に戻る。


 そのまま胸に晴れることないやるせない気持ちを残し部屋でうつ伏せる。

 しばらく何も考えられないまま時間を過ごしていると静かに部屋がノックされる。


 今は誰とも会いたくない気分だったが声を掛け入室を許可する。


「失礼します。メヴィ様」


 アリアは部屋に入ると一目散にメヴィに近づくとそっと抱きしめる。


「どうしたアリア突然……」


「申し訳ございません。私がメヴィ様を抱き締めたくて堪らなくなったのです」


「……そうか……済まないな」


 しばらくなされるがままアリアに抱きしめられていると先程までのやるせない気持ちが少しは晴れてくる。


「メヴィ様……お辛いなら私にぶつけて下さいませ」


 そう言うとアリアはメイド服に手をかける。

 まるでそれを見越したように部屋がノックされると返事を待たずにナナが乱入してくる。


「メビウス。妾が慰めにきたのじゃ、少し早いが婚約者として婚前交渉も許すのじゃ」


「駄目です。まだナナ様にはお早いです」


「なんじゃ、アリアおったのか抜け目ないのう」


「別に私だけではありませんよ」


 アリアがそう言うと遅れてやってきたマリとクロエ、最後にのんびりとアリシアまで訪ねてきた。


「ふっふ、みんなメヴィ様を心配して来たんですよ」


「……ふっふっ、あははは。そうだな僕にはお前たちが居てくれる最愛の人達が側にいてくれているのに落ち込む必要などなかったな」


 自分で言っておいて改めてあんな親でも亡くなるとショックだったんだと気付く。


 そんな僕自身が気付けなかった心の機微を感じ取り心配して来てくれた皆を部屋に招き入れると久しぶりに皆で安らいだ時間を過ごした。







 

 

 


 

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