第61話 最後の記憶

 

 後にグラシャスの夜明けと呼ばれるスゥインスタ王国によるエンハイム王家の傀儡化による騒乱と独立に舵をきったグラシャス家の独立騒動が落ち着き。


 首謀者としてスゥインスタ王妃メリアーナ・ニナ・スゥインスタは公開処刑され、死後の肉体は実験体として回収され、淫魔による房中術対策として研究された。


 当初、エンハイム側はメビウスとナナと取り交わした公約については効力がないとしグラシャスの独立を認めなようとしなかった。

 しかしメビウスとナナが取り交わした話の内容がエンハイム全土に公開されると王家の無能さを示す証拠として非難が高まり、グラシャス側の独立の機運を後押しした。


 エンハイム側としては事を大きくし過ぎて独立戦争などになれば騒乱時にまったく歯の立たなかったグラシャス軍と対峙するはめになりそれこそ勝ち目の無い戦いをしなければならず、それだけは避けたい為エンハイムは渋々グラシャス側の独立を認めると大公位を授けた。


 しかしエンハイム側も必死に影響力を残そうと王家の意を介さない第八王女に変わりメビウスの学園時代の同級生でもあった第六王女をあてがおうとする。しかし計画はナナの手で潰され恐怖した第六王女は母方の生家を頼り逃げるように王都を離れてしまう。


 そしてようやく周囲が落ち着きを見せ始めた今、メビウス・レヴィ・グラシャスは大公として独立を宣言する日を明日に迎えていた。


 そして明日は同時に僕の生誕祭と独立祭を兼ねた式典が開催される。

 同時にエンハイムから正式に独立しグラシャス公国となり合わせてナナとの婚姻式典の日取りも発表される予定だ。


 ただ僕としてはもうすぐ蘇るであろう上野匠海としての最後の記憶の方が気がかりだった。

 今迄の経験上記憶は本当にメビウスとしての生まれた明け方に蘇り、最初は夢かと勘違い思想になるが鮮明な追体験により過去の自分の記憶だと言うことが直ぐに理解出来てしまう。


 去年までの記憶ではバイト先で知り合った姫崎佳奈恵と大学を卒業と共に結婚し幸せに暮らしていたはずだった。

 でも僕は彼女には言葉に表せない複雑な感情を抱いていた。はっきりと記憶が戻っていないので分からないが死にかけた原因を作ったのは彼女だと思われるのに。


 僕は覚悟を決めると誰にも近づけないように結界を張り目を閉じる。

 ゆっくりと深呼吸して自身を睡眠へと誘う。そうして僕はいったん意識を手放した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 妻である佳奈恵から送られてきたメッセージに従い指定された場所に向う。

 たどり着いた廃墟のようなコンクリートの建物の奥で僕は信じられない光景を目にする。


 僕の妻であるはずの佳奈恵が見知らぬ男の上に跨り腰を振っていた。嫌がる様子はなく快楽の喘ぎ声だけが辺りに響く。


「なっ、何を、なにしてるんだ?」


 あまりの想像を超えた光景に僕自身も間抜けな問いかけをしてしまう。

 見れば分かることだった妻が知らない男とセックスをしている浮気現場というやつなのに。


 僕の声に気付いた佳奈恵が振り返り僕と視線が合う。


「いや、いや。なんで、なんで貴方がここにいるの? いや、いや見ないでこんな私を見ないで」


 そう言って佳奈恵は男から離れようとするが男はそれを逃さず腕を掴まれ強引に引き戻される。

 それを見た僕は助けようと男に詰め寄ろうとするが突然後頭部に重い衝撃を受け意識を失ってしまう。


 次に目が覚めたときには手足が縛られ、椅子に括り付けるように座らされていた。


「おっ、やっとお目覚めかあんたの嫁はいまお楽しみ中真っ只中だぜ」


 さっきまで佳奈恵を犯していた男が楽しそうに笑う。

 男の視線の先に佳奈恵が複数の男達に取り囲まれ代わる代わるに犯されていた。

 しかし男が言うように佳奈恵に嫌がる様子はなくむしろ喜んで男達を迎え入れ快楽に喘いでいた。


「まあ、あれがあの女の本性だ。あんたを守るためと言って自分から体を差し出してきたが今じゃあの通り男に輪姦されても喜ぶ変態だ」


「嘘だ、お前らが何か変な薬でもうったんだろう」


「いやいや、そんなことしなくたってあの女は昔からすきものだったぜ」


 男が勝ち誇ったように僕を見下ろす。


「なにを言ってるんだ?」


「何をって、事実だよあの女を最初に犯して女にしたのは俺だよ、それから色々と仕込んでやったのもな、どうだあいつの口使い中々上手かっただろう、掃除の仕方だって実践で教えこんだからな嫌がらなかっただろう」


 男の言っている事がまったく理解できなかった。


「………」


 僕の沈黙が答えになったのか男はさらに楽しそうに笑い始める。


「なんだせっかく仕込みまくった女を手にしたのにろくに使いこなしていなかったのか? そりゃあ、あいつも欲求不満になるはずだぜ」


「なっ、何を言って」


「それじゃあ聞くがあんたとするときアイツはあんなに気持ち良さそうな声を上げるか」


 男が言うように佳奈恵は僕とする時はどちらかと言えば恥ずかしからと声を抑えていた。

 あんな獣のようなよがり声を上げたことはなかった。


「へっ、分かったか! あんたにあの女は勿体ないんだよ、今後は俺達が有効活用してやるからこれにサインして大人しく帰りな」


 男はそう言うと佳奈恵の名前が記載された離婚届を持ち出してきた。


「嫌だ。あんたらはカナを道具としか見ていない、そんな奴らにカナを渡す訳にはいかない」


「はぁ、分からねえ奴だな。アイツも今の現状を喜んでんだよ、お前がしゃしゃり出たところで余計なお世話ってやつなんだよ」


 男は苛立つように僕の腹に拳を打ち込む。


「ガハッ」


「けっ、弱っちいくせに吠えんじゃねえよ、おい武彦、お前こいつに用があったんだろしばらくボコるなり好きにしろ」


「なんスッカ、バンさん、せっかくのお楽しみ中だったのにこいつ見つけた褒美にしばらく好きにして良い約束だったじゃないてすか」


 さっきまで佳奈恵で楽しんでいたのかほとんど全裸の男が目の前に来る。


「黙れ、俺のおもちゃを使うのは許したが期限をなんでお前が決めてんだよ、調子にのってんじゃねえぞ」


 バンと呼ばれた男は武彦と読んだ男を睨みつける。それだけで武彦という男は震え上がり頭を下げる。


「ひっ、スイマセン、バンさん」


「ちっ、分かりゃあ良いんだよ、それより最初の目的はこいつだったんだろう、昔虐めてた奴を狩ろうって言ってたのテメェだろうがよ」


「へっへ、すいません。でもそのおかげでアイツも見つかったんだからいいじゃないですか」


 最初、言葉の意味が分からなかったがこの男の目的は僕だったようだ、そして偶然なのか僕と結婚した佳奈恵もコイツラの知り合いだったということか?

 そう考えて昔僕を虐めていたと言う言葉から武彦と言う名前に思い当たる。


「お前、中学の時の桧山武彦か?」


「おお、覚えてくれてて嬉しいぜ、幼馴染をまんまと俺に取られた匠海くん。あの時殴られた借りをまだ返してなかったよな」


 そう言うと武彦は僕の頬を殴りつける。

 口の中が切れ口の中に鉄の味が広がる。


「相変わらず生意気な目をしてんな、それにしてもまたお前の大事なもん奪っちまってすまねえな、アイツと結婚したんだろう、笑えるぜ。ありゃ芹奈より淫乱だぜさっきまで俺に突かれてヨガってたどころか、どんな男だろうが喜んで咥え込むからな」


「ぺっ」


 武彦の煽りに口に溜まった血を吐きつけて答える。


「てめぇ、良くもやりやがったな」


 血混じりの唾を吐きつけられ逆上した武彦が椅子ごと僕を蹴り倒すと何度も蹴りつけてくる。


「いやぁぁあ、やめて、やめてぇ、何でもする、何でもするからタクくんに暴力を振るわないで」


 さっきまで男達に媚を売っていたはずの佳奈恵が蹴れられ僕を見るなり周りの男を払い除け僕に覆い被さる。


「てめぇ、便器のくせに逆らってんじゃねぇよ。とっとそこを退け」


 苛立つ武彦が佳奈恵を脅す。


「いや、ダメ、ダメ、タクくんだけは絶対」


 脅しに屈せず動こうとしない佳奈恵に痺れを切らせ武彦が佳奈恵ごと僕を蹴ろうとする。


「ぐへっ」


 しかし蹴りの衝撃は無く、変わりに殴られて気を失ったのか横に倒れた武彦が目に入る。


「だから何でテメェが俺のおもちゃを傷つけようとしてんだよ調子に乗りすぎだタコが」


 そう言ってバンと呼ばれた男は僕達に近づく。


「お願い、何でもするからタクくんだけは」


「だから俺も始めからそう言ってるだろうが、お前が俺に従うなら旦那は見逃すと、こうやって未練なくお別れの機会だって作ってやっただろうが」


「はい、ありがとう御座います。感謝してます御主人様」


 まるで躾けられた犬のように佳奈恵が地に這いつくばると感謝の言葉と共にバンの靴を舐める。


「やっ、やめろカナ、僕は君にそんなことさせてまで……」


「違うの、私はこういう女なのよ強い男に媚びへつらう浅ましい女、それが本当の私なの、だからタクくんはこんな私なんか忘れてもっと幸せになって」


 そう言ったカナの表情は俯いていて分からない。


「何言ってるんだよカナ? 帰ろう一緒に約束しただろう今度の誕生日は……」


 でも僕はカナを信じて呼びかける。


「もう、だめなの私はこの人なしでは生きられないのよ、このたくましい体に抱かれないと満足出来ないのよ」


 カナは自らそう言うと僕の方から離れバンの元に歩み寄る。


 それを見た瞬間、裏切られっぱなしだった僕の人生が走馬燈のように目の前に広がる。


 頭の中で何かが弾けたような感覚がし先程の衝撃で解けかけた縄を血が滲むのも構わず引きちぎるとバンに向かって獣のように駆け出す。

 

「えっ」


 それをカナは呆気に取られた様子で見ていた。

 バンも突然の反攻に驚き油断していたところに僕の渾身のタックルが入る。


 だけど反撃はここまでで喧嘩慣れした男を倒すことは出来ず結局逆上したバンに死ぬ寸前まで殴られ続けた。


 最後に聞こえたのは泣き叫ぶ佳奈恵の声だった。 

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