第57話 研究者の過去
あの女からしつこく次にどうすればいいかの催促がくる。自分の行動くらい自分で決めれば良いのに男をたらしこむ以外には本当に役に立たたない女だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの女とは前世では幼馴染のよしみで再婚してやったがアイツはきっと自分が僕を慰めたつもりでいるのだろう。
僕は世間的に息子の面倒を見てくれる者がいれば良かっただけなので、あの女が家に何人愛人を連れ込もうがどうでも良かった。
あの女の連れ子だってかなり性格が歪んでいるのは分かっていたがそれすらどうでも良かった。
ただ義娘の方は偽証してまで匠海を追い出そうとしていたことには驚いた。
まあ部屋と金を与えておけば生活は出来る年だったので義娘の話に乗る形で匠海を実家からアパート暮らしにさせた。
そうして家庭の煩わしさから開放され研究に没頭できるようになった年。匠海が大学に合格した翌年頃から研究が上手くいかず煮詰まり出してしまった。
気分転換にストレスを発散しようにも家であの女を抱こうとは思えずたまたまインターンシップで教えていた女に手を出してしまった。
幸いだったのがお互い僕のストレス発散と彼女の企業側からの支援を得たいという利益が一致したドライな関係だったので変に付きまとわれることなく助かった。
しばらくはその女を研究が煮詰まったときのストレス発散に利用していたが突然連絡が取れなくなったので似たような手口で新しい女を用意した。
しかしそれも誰かが会社側にバラしたらしい。しかし研究で功績を上げていた僕を切る訳にはいかなかったようで厳重注意と減俸だけで済んだ。
ただ厄介事はその後であの女の娘が一家心中を図って焼身自殺してしまった。当然後始末をしないといけなくなり処理を匠海に任せようとしたがアイツはいつの間にか私の前から消えており探すのも手間だったので仕方なく代行業者に依頼して後処理をお願いした。
その後一度警察が訪ねてきて匠海の妻だった女と全く知らない男について尋ねられ匠海の所在に心当たりがないか聞かれた。
僕は正直に匠海が結婚していたことすら知らず冷え切った家族関係だったと伝えた。
どうやら匠海は二人が死んだことに関わる重要参考人として捜査対象になっていたようだ。
最初警察が僕の元に訪れた時は本当に驚いた。
今になって僕がやったことがバレたのかと思い少しだけ動揺した。
証拠は全て抹消し死体は見つかるはずのない場所に埋めたのにだ。
本当は殺すつもりなんてなかった。
僕にとって彼女は今も変わらず最愛だ。
だから彼女の心が僕から離れていくのを許せなかった。
確かに僕達の出会いは運命的でもなくお見合いという形だったけど、幼馴染だったあの女の影響で女性が苦手だった僕に優しく笑いかけてつまらない話でも楽しく笑ってくれた。
そうやって少しづつ距離を縮め彼女は僕の最愛のひと
しかし幸せな時間は長くは続かなかった。
彼女は僕の子を妊娠し僕の子を生んでくれた。
あの時の生まれたばかりの匠海を嬉しそうに抱いていた彼女の姿は幸せそのものでそれだけなら僕も嬉しかった。
だか子供が生まれれば必然的に彼女の時間は匠海へと注がれ、丁度研究が忙しくなり仕事に掛かり切りになった僕も彼女をフォロー出来なかった。
彼女は専業主婦として精一杯匠海を大切に育ててくれた。
でもそれがいけなかった。いつの間にか彼女の愛情は匠海だけに向けられるようになってしまっていた。
匠海が成長するにつれてそれは顕著に現れ、僕は逃げるように研究へとのめり込んだが鬱屈した感情は積み重なりあの日爆発した。
あの日は彼女の誕生日だった。事前に示し合わせて二人きりでの食事の機会を作り、二人きりの時間も取れるようホテルも抑えておいた。その時は彼女も上機嫌で喜んでくれていた。
そこで僕は迂闊にもその時気持ちが僕に戻ったと勘違いしてしまった。
だから匠海を養子に出すことにてっきり賛成してくれると信じて疑っていなかった。
ところが彼女は激しく怒ると理由を問いただしてきた。
僕は正直に自分の気持ちを伝え匠海の事をこのままでは愛せないと告げた。
彼女はとても悲しそうな顔をして俯いて泣いていた。次に顔を上げたときには時折匠海に見せる強い眼差しで『匠海を養子に出すつもりなら私は匠海と一緒に家を出ます』とハッキリ僕ではなく匠海を選ぶ言葉を告げてきた。
その後は湧き上がる怒りを抑えられないまま僕が本来愛すべき伴侶だと分からせる為に無理やり彼女を抱いた。
彼女はなぜか最後まで必死に抵抗したので自分が誰のものかを分からせる為に躾け直した。
事が終わったあとで彼女は腫れ上がった頬を自分の手で抑えながら僕を睨みつけた。
そこにはもう僕への愛情など微塵もなくただ汚らわしいものを見る目に変わっていた。
だから僕は彼女が離れる前に僕の中で永遠に留めておくことにした。
失踪に見せかけるために計画を練り周囲に男がいるように匂わせておき、匠海の件で話があると呼び出して研究でも使用する睡眠薬で眠らせた。
あとは大型のキャリーケースに詰め込むと新しい研究所の基礎工事中だった場所に埋めた。
ある意味発見されるリスクもあったが運は僕に味方したキャリンケースは見つかることなく研究所は無事に完成した。
そして僕はこの施設に移動願いを出し、いつでも彼女に会える場所を手に入れた。
彼女を奪い返したことで匠海のことは本当にどうでも良くなった母親のことを持ち出すときは多少イラつくが匠海は母親がどこにいるかも知らず探し回る様子は滑稽で今までの溜飲が下がる思いがした。
僕は匠海かあまりにも哀れだったので養子に出すのはやめその滑稽な様を近くで見ることにした。
その結果が殺人事件の重要参考人だどこまでも僕を笑わせてくれる。
そんな思いを懐きながら眠りについた翌日。
僕はこの世界に招かれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女と引き離されこの忌々しい世界に呼び出されて10年は過ぎただろうかこの穴蔵に研究施設をつくり彼女を再現するのに研究を積み重ねてきた。
「本当なんだろうな、匠海もこの世界に転移してきているというのは?」
「ああ、本当だとも」
彼女がもたらしてくれた情報が事実なら、ようやく欠けていたピースが揃うのだ。
この世界に唯一人彼女の遺伝情報を持つ者。
それを取り込むことが出来れば今度こそ僕だけを愛し僕の言うことだけを聞き逆らうことのない本物の彼女を蘇らせる事が出来る。
そのための手駒として今頃スゥインスタに残したあの女のリミッターが解除される頃だろう。
アイザックからの報告によればかなり高い魔法力を有しているようだが暴走を始めたあの女に魔法も物理も通用しない。
攻撃が効かない以上だれもあの女を倒すことは出来ない。欠点は一日しか持たないことと理性を無くして動くもの全てを攻撃することくらいだが、この状況なら問題ない。
後はこのまま待つだけで彼女の暴走に巻き込まれた息子の死体を回収すればいいだけなのだ。
「しかし、君もつくづく業の深い女だな」
彼女は僕の研究情報と引き換えにスパイとしてグラシャス側の情報を提供してもらっていた。
「あなたほどでは好きな人は遠くから見ているだけで満足だし、肉体的に結ばれたいとも思わない」
確かに前世から男女の営みにはドライだったが、思っていた事とは違う彼女の言葉に疑問を感じ尋ねてみた。
「そうなのか? てっきり僕と同じように自分だけを愛する存在を手に入れようとしているのかと思っていたが」
「…………僕は人形になんか興味ないよ、興味が有るのは研究と愛しい後輩くんだけだよ」
そう言ったその女の初めて笑った顔を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます