第58話 王妃の誤算


 どうしてこうなったのだろう。


 私は王都のスラムに潜伏して身を隠していた。


 再三、あの人に連絡をして指示を求めたが王都が落ちるまで返答は何もなかった。


 スゥインスタ王は私の肉体で籠絡していたが洗脳していたわけではない。

 生まれ持った力で麻薬のように私の体に依存させていただけだ。

 だからこそ追い詰められた恐怖で少しでも正気に戻れば簡単に私を切り捨てるだろう。

 だからそうなる前に私は逃げた。そして男達を同じように籠絡してこの安宿で匿ってもらっている。


 今日も匿ってもらう代償として私の体を抱かせた。部屋の中には交わった後の匂いが充満しているが窓を開けることもできずただグラシャス軍が過ぎ去るのをじっと待つしかなかった。




 そうして昼を過ぎた頃突然下の階が騒がしくなった。私を匿ってくれていた宿屋の主人が大声で叫び私に逃げるように促すが扉を出たところであっけなく私は捕まった。


 相手はどうやら私をグラシャス軍に差し出し大金をせしめるつもりのゴロツキの集団だった。


 本当なら彼らはすぐに私をグラシャス軍に引き渡すつもりだったらしい。しかし下衆な集団の集まりだ男達は私の体を味わいたくなったのだろう。

 彼らは嫌がる私に無理やり襲いかかってきた。


 私は自ら誘うことはあってもこのように無理やり望まぬまま行為を強いられる事はなかった。

 それがこれほど苦痛なのだと初めて知った。


 あんなに気持ちよかった体の交わりがただのおぞましいだけの行為に変わり吐き出される体液が酷く汚いものに思えた。


 最悪な事にそんな状況下でも私の力は働き彼らは私の体に夢中になってしまった。

 それからは四六時中かわるがわるに抱かれ続け穢らわしい白濁を注がれ続けた。

 そこからようやく開放されたのはもう意識も朦朧として体の感覚もなくなりかけた時だった。


 グラシャス軍の兵士がアジトに踏み込んで来たことで皮肉にも私は開放された。


 しかしそこで絶望は終わりではなかった。

 踏み込んで来たグラシャス軍の中に死んだはずの幼馴染。私が王妃になるために切り捨てた昔の夫が目の前にいたことだ。


 彼は直ぐに私に気付くと言った。


「ざまぁねぇな。俺と娘を捨ててまで選んだ道の果がそのざまか」


 言葉は辛辣だが私を見る目は哀れみに満ちていた。


「あんた。死んだんじゃなかったの?」


 声を絞り出しようやく言葉にする。


「ああ、死にかけたさ。お前のおかげでな」


 そうだ私は王妃になるため邪魔になった夫と娘を生贄として差し出した。

 王妃になるためには私の過去を知る人間がいたら不味かったからだ。私は裏で手を回し私を知るもの全員を秘密裏に葬ったはずだった。

 

「それじゃあ何でここにいるのよ」


「あの日、村が野盗に襲われたとき何の偶然なのか力が目覚めたんだよ」


「それじゃああの子も助かってたの?」


 私はこの質問が失敗だと直ぐに気づいた哀れみの目で見ていた瞳がその瞬間憎悪を含む恐ろしい眼差しに変わったからだ。


「てめぇがクラリッサの心配してんじゃねぇよ」


 彼の持っていた斧が倒れて這いつくばっていた

私の目の前に振り下ろされる。


「あの子は俺の目の前で殺された。野盗に偽装したスゥインスタの兵士にな…………まだ、たったの三つだぞ」


「…………」


 私は何も言えなかった。この世界で初めて生んだ娘だその時は愛していたがスゥインスタ王に見初められ王妃になれるチャンスを得たとき、私はどちらが幸せになるか天秤にかけて娘と夫を切り捨てた。

 結果がこれなら私は選択を間違えたのだろう。


 しかしあんな奴らに好きにされて死ぬまで汚され続けるよりはまだ過去に愛した者の手で死ねるのならマシな方のだろう。


 私は全てを諦めてかつて夫だったギルに言った。


「もう、終わりにしてちょうだい」


「分かった」


 ギルがそう言って地面に刺さった斧を引き抜きそれを天にかざしたとき私の体に異変が起きた。


「あぐっあっ、グッゲッ、ボッ、ギッリュ」


 体の中の臓器がかき回されるような痛みと不快感に襲われ意識がプツリと切れた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 スゥインスタの王宮を制圧したあとそこを拠点に事後処理を行っていると異常な魔力の乱れを感知する。

 僕は危険と判断してすぐさまその場所に飛んだ。


 着いた目の前にはドロドロになりつつもかろうじて人型と分かる巨大な化物。それが周囲の建物を破壊吸収して少しづつ巨大になっていく姿が見て取れた。


 偶然なのか化物の近くにギルティスがおり、状況を確認するために声をかけた。


「ギルティス状況を知っているなら教えてくれ」


 僕の声に気づき慌てた様子で振り返る。


「メビウス坊……済まんスゥインスタの王妃を捕えたまでは良かったんだが突然苦しみだしてあの姿になっちまった。クソッ」


 珍しくギルティスが声を荒らげて感情を剥き出しにする。

 話から察するにキリアの時と似ている。恐らくはキメラブロブの匣と似たようなものを埋め込まれていたのかもしれない。


「ギルティスは他の兵と連携して住民の避難誘導をアイツはなんとか僕が止めてみる」


「分かった。気をつけろよあの化物、攻撃を全部吸収しやがった物理も魔法も関係なしにだ」


 どうやらかなり厄介な相手なようだ。

 とりあえずは、被害が拡大しないように境界領域マージナルエリアを展開する準備を進める。


 準備をしてる間に騒ぎに気づいたアリアとマリが合流する、少し遅れてクロエとミィも到着した。

 クラリスは甕星と一緒に別の任務を依頼しているのでここには居ない。


 あとそれとは別にここに居るはずのない人物が現れる。人間間の争いには関わらないと言っていたアリシアが目の前に現れたのだ。


「旦那さま〜、緊急事態なので〜、来ちゃいました〜」


 話し方からは全然緊急には思えないがアリシアがここまで使い慣れない転移を使って着たのにはわけがあるのだろう。しかし先ずは周囲の被害を最小限に抑えるのが先決だ。


「メビウス、この周辺に私達以外の生体反応は無くなったわ」


 どうやらギルティスが迅速に避難誘導したようだ。

 

「分かったこれより境界領域マージナルエリアを展開する」


 四方の空間を切り取り位相をずらし境界面へと接続させ完全な閉鎖領域を確保する。


「とりあえずこれで被害は最小限で済むだろう。それよりアリシア緊急事態ってなんの事だ?」


「はい〜、名も無き神ディーアティの力の片鱗を感じたので急いで飛んできたんですよ〜、どうやら彼女からみたいですね〜」


 目の見えないアリシアにはあの化け物が女に見えるらしい。


「それで、名も無き神ディーアティの力はどれほどのものなんだ?」


「ふつうわ〜、力が失われてるので大したことなんですけど〜、あれは大分力を取り戻してますね〜、通常の魔法や武器では傷を付けれないかと〜」


「だがアリシアがわざわざここに来たということは対処法があるという事だな?」


「さすが旦那様です〜。私も長い間名も無き神ディーアティを調べてたわけじゃないんですよ〜、私の力で何とかしてみますね〜」


 アリシアはそう言うと通常とも失われた術式ロストグリモワールとも違う魔法陣を敷き魔力を集中させる。

 魔力が最高潮に到達した時、魔法陣の中央に描かれた目の様な模様が開き瞳を形成する。


「見えました〜、人でいう心臓部のちょうど真上に触媒となる聖遺物が有るんで〜、それが力の根源です〜、いまから一時的に私の力で顕現さるのでそこを壊して下さ〜い」


 アリシアの説明を聞き、側に控えていたアリア達が一斉に動くマリが魔法で牽制しクロエが弓で支援する。ミィが化物から放たれた飛来物をことごとく粉砕しアリアが指定された箇所をスキル【事象改変・斬】で切り裂く。

 皆の力でも神に近い体を傷つけることは出来なかった。しかし元となる聖遺物とやらをアリシアの力で実体化したことでアリアのスキルによって切断が出来たようだ。


 化物は人のものかも分からない声で咆哮をあげ徐々に縮小して行くき人間の女に戻る。


 どうやらアリア達も傷を負ってる様子もなく一安心する。


「さすがだな。助かった」


 僕は労いの声をかけ星十字達を労う。


「今回はアリシアが居てくれて助かりました」


「そうね。流石に攻撃が効かない相手なんてズルいよね」


「うん、あたしが殴っても全然効いてなかった」


「そうですね。矢なんかは逆に吸収されてましたし」


 堕ちても神の力というのは凄いらしくアリシアが居なければ危なかったかもしれない。


「ところでこのおばさんどうする?」


 ミィが化物から元に戻った女をツンツンして尋ねてくる。


「恐らくそいつが王妃だろう。証言も必要になるから治療して監禁して監視しておいてくれ」


 僕の指示に従いアリシアが回復魔法で治療を行いマリが捕縛魔法で締め上げるとクロエが担ぎ上げ連れて行く。


 建物の残骸などの撤去作業は武装を解除させたスゥインスタ軍に任せ。

 僕は連絡があった世界最大の地下迷宮『奈落の底ジ・アビス』に一人で向かった。





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