第52話 公爵と王女
影像として映し出された人物。
現グラシャス家当主リグレスカーマ・ドゥ・グラシャスが口を開く。
「ハァイ、メヴィちゃん元気にしてた。ナナちゃんも無事に合流てきたようね良かったわ」
威厳も何もない挨拶に膝の上に乗っていたナナも自分のことは棚に上げて文句を言う。
「まったく公爵ともあろうものがそのような事でどうするのじゃ妾のような威厳が足りんぞ」
ナナは余り母上の事が好きではないらしくいつも食って掛かる。正式に婚姻を結ぶ前に嫁姑問題勃発かと思いきや。
「フフフ、ナナちゃんは今日も元気ね」
母上はいつものようにナナの言葉を微笑ましく笑って流すだけだ。
「うぐっ、リグレス公爵はいつも、いつも妾を子供扱いしおって許せんのじゃ」
「仕方ないわよ、だって本当に可愛いくて愛しい私の娘だもの」
こう直接的に言われてしまえばナナも口をつむぐしかない。なんだかんだ文句を言いつつナナも本気で母上を嫌っているわけではない事は見て取れた。
「ごほん、話が逸れてしまいましたリグレスカーマ様。改めて今後の方針をご提示下さい」
アリアが場の空気を仕切り直し本来の話し合いの場へと戻す。
「ええ、そうだったわね。伝達はしておいたけど改めて宣言するわね。ちょうどナナイミナーラ様もいらっしゃるので王家の者として見届人となって下さいますか?」
「ああ、無論じゃ妾もこの時を長い間待ってたのじゃからな」
先程の喧騒が嘘のように二人の思案が重なる。
母上は影像越しに僕を真っ直ぐ見詰めて告げる。
「では私リグレスカーマ・ドゥ・グラシャスはこの日この時をもって公爵位とグラシャス家の全権をメビウス・グラシャスに譲位する事を宣言します」
予定して決めていたことととはいえ母上の言葉に想像以上の重みを感じる。
僕は頭を下げて厳粛に受け止めると言葉を返す。
「このメビウス・グラシャス、その大任と母上が築き上げたものを謹んで継承させて頂きます」
継承の意思を示すと共に顔を上げ真っ直ぐ母上を見る。
隣のナナがその様子を頷きながら見守る。
僕と母上の視線が交差し、少し母上の口角が上がり肩の力が抜けたのを感じるタイミングでナナが僕に向けて口を開く。
「エンハイム王家としてこのナナイミナーラ・ドミナ・エンハイムが確かに見届けたのじゃ、これよりグラシャス公メビウス・ドゥ・グラシャスとして一層の活躍を期待しておるぞ」
「殿下の期待に答えれるよう精進してまいります」
個人的にはこのような遣り取りに意味があるのか疑問に思うこともあるが簡易的でも王家の立会の元で譲位が行われたという事実が必要になることもあるのでこのやり取りは影像として記録していた。
それはナナも理解していたようで想定にない言葉を僕に投げかけてきた。
「うむ、さすがは妾の夫となる者、よく言ったのじゃ。譲位の祝いじゃ好きなものをエンハイム王家として送ろうではないか」
この娘は本当にまだ歳が13なのかと思える程頭が働く僕がこの状況で何を望むかもわかっているかのようだ。
「では私の欲しいもの……それはエンハイム王家を傀儡としてエンハイムの乗っ取りを画策する輩の討伐の勅を頂きたく思います」
もちろん第八王女であるナナにそのような権限はない但しこれがもし本当にエンハイム王家が何者かの手により傀儡とされていた場合は話が変わる。
当初予定していた実力行使での独立よりかは幾分穏便に事が済むかもしれない。
「なんと、グラシャス公爵は気付いておったのか……残念なことに今の王家はスゥインスタごときの傀儡になり下がっておるのが現状じゃ、同じ王家の者として情けない限り。妾が進言しても小娘の戯言と相手にされず、終いには幽閉されそうなところをそなたらグラシャス家の者に助けられた次第なのじゃ。むしろ妾としては恥を忍んでグラシャス公にお願いしたいエンハイムを救ってくれと」
そう言うとナナは僕の手を取り涙を流しながら頭を下げて懇願する。
そのアドリブの演技に王女以外にも役者の才能があるのではと思いつつ僕は言葉を繋ぐ。
「頭をお上げください殿下。グラシャス公爵としてエンハイム王家に忠節を尽くすのは当たり前のことましてや愛しい婚約者の願いとあれば身命を賭すより他にありません」
僕もナナに負けないよう迫真の演技で頑張ってみたが臭すぎただろうかと不安になる。
「ああ、グラシャス公よ、そなたこそ真の忠臣。そこまでエンハイムのために身命を捧げるというのならこちらもそれに見合うものを用意せねばなるまい…………そうじゃのう、もし見事スゥインスタの悪しき野望を打ち砕きエンハイムを救ってくれたのなら大公位とグラシャス家に連なる者たちの完全な自治を……唯一人スゥインスタの魔の手から逃れることが出来た王族として必ずやナナイミナーラが認めさせよう」
「ははっ、有難きお言葉。必ずや殿下の願い通りスゥインスタで暗躍する輩を白日の元に曝け出し処断致します」
この今までの白々しい遣り取りは引き続き記録用オーブで録画しておいた。
ナナは今の状況から判断してスゥインスタの傀儡と成り下がってまともな判断が下せない王家に成り代わり唯一スゥインスタの傀儡にならなかった自分が王家の良心としてグラシャス家を頼ったという形をこの場で作り上げてしまった。
スゥインスタの暗躍を示す証拠が何も無い以上、今これを公開しても小娘の妄言に誑かされた愚かな公爵の図式になるのだが十中八九黒幕はスゥインスタに居る。
この影像が生きてくるのはその黒幕を捕らえて自白させ全てが明るみになってからだ。
まんまと小国であるスゥインスタに対して手玉に取られるような無様を晒した今の王家にエンハイムの危機を救ったナナの言葉を覆す発言力はなくなるだろう。
僕的には武力を持って完全独立を果たすつもりであったがまさかナナにこの手を打たれるとは思っても見なかった。もしこの娘が男で王位を継ぐのなら僕は独立は考えなかったかもしれない。
「ナナ、僕が独立を画策していたこと知っていたのか?」
「無論じゃ、むしろメビウスにその気がなければ妾が独立を進言しておったわ、ワッハッハッハ!」
「さすがねナナちゃん。アドリブであそこまで出来るなんて凄いわ〜」
母上からも称賛というかお遊戯を褒めた保護者的な言葉を投げ掛ける。
「リグレス元公爵に褒められても嬉しくないのじゃ。そんな事よりそなた身の振り方はどうするのじゃまさか大将軍のままでいるわけではあるまいな」
怪訝そうにナナが影像の母上を見やる。
「それこそまさかよ。当初の予定通り爵位を譲ったら将軍位も退位して、元から希望していたポストに収まるつもりだったから。いいでしょメヴィちゃん!」
「母上、本気だったんですね」
以前聞いたときにはてっきり母上の冗談だと思っていたが本気だったらしい。
「勿論よ私は死ぬまでメヴィちゃんを守り続けるもの」
母親としての情愛なのか優しくも物悲しい眼差しが僕を射抜く。その眼差しに胸の奥が痛む気がするのはなぜなのだろう。
「分かりました。母上……いえリグレスカーマ・グラシャス元公爵殿。空位だった
元々第一師団はインメルダ戦役時代から母上に付き従っていた古参で構成され半ば栄誉職的な扱いとされてきたがその実母上と共に殿を努め、敵一個師団を殲滅した猛者共の集まりだ。
師団長が空位だったのは母上以外に統括出来るものが居なかっただけである。
「謹んでお受けしますわメビウス公爵閣下」
母上が深々と頭を下げ臣下の礼をとる。
本来ならあり得ないことだが前々から母上には言われていた事でもあった、ただ僕が本気にしていなかっただけだが。
「カッカッカ、これでリグレス元公爵も実質妾の臣下となったわけだな」
「ええ。そうねメヴィちゃんもだけどナナちゃんのためだって命を張る覚悟は出来てるわよ」
「クッ、そんな事言われると調子が狂うのじゃ。だいたい誠の臣下なら死んで功を立てるより生きて妾の役に立つのが本懐というものだろうが」
ナナの遠回しな照れに母上が嬉しそうに微笑むと同時に力強い眼差しでナナに告げる
「そうねナナちゃんの言うとおりね。ありがとうでも貴方達を守る意思は不変、母は子を守るものなよ……絶対に過ちは繰り返しては駄目だから」
「ええい分かったのじゃ、押し問答を続けるより今後の戦略の方が大切なのじゃ。スゥインスタとも事を構える以上戦力を分散せねばならぬが状況的にはどうじゃ?」
ナナの問に控えていたアリアが答える。
「エンハイムに関しては一番練度の高い部隊はリグレスカーマ様が率いていた王都防衛大隊。しかしこれもリグレスカーマ様が抜ければ恐るるに足りません。その他諸侯の軍など十二師団に治安維持を任せていただけに脆弱です数で上回った所で我々に勝つことは無理でしょう」
「そうなるように仕向けていたとはいえ、軍を束ねていた者としては耳が痛い話しね」
「申し訳ありません。リグレスカーマ様を非難したわけでは」
「分かってるわよアリアちゃん、そもそも諸侯の軍に力をつけさせず十二師団に実戦経験を積ませる為に私の代理として治安維持を任せていたのだから」
母上が言うとおり僕がお願いしてグラシャス家以外の領地に関しても治安維持の名目で十二師団には動いてもらっていた。
諸侯としては軍を動かせば少なからず金が掛かるので多くの貴族は特に深く考えることなく受け入れて経費が浮いたと喜んでいた。
そんな中で用心してか十二師団の介入を拒んだのはファーレン家に連なる者たちくらいだった。
「そうなると想定通りファーレン家の軍が一番の驚異となるわけだな」
「はい。財政状況から鑑みるに我軍ほどの戦力は保持してるとは思えませんが練度などは王都や諸侯の兵よりは高いかと」
アリアが諸侯に放っていた密偵からの情報を統括して報告する。
「それならば王都方面の抑えは私が出向くわね。無駄に血を流したくないし」
母上が自ら申し出る。
以前の部下に剣を向けさせるのは心苦しいが申し出通り母上だからこそ必要以上の流血は抑えられるかもしれない。
「それでは王都方面の抑えは第一師団を中心として母上にお任せします。参謀としてエルリックを兵力は第三と第四以外の全てをお使い下さい」
純粋な兵力ならはるかにエンハイム側が多い、スゥインスタ側の兵力は未知数だが国の規模から推測する限りエンハイムの5分の1もないだろう。
「ふむ、スゥインスタは小国とはいえ戦力は未知数じゃメビウス大丈夫なのか?」
「ああ、こちらは
アリシアに関しては人間同士の争いには携わらないと約束していたので今回は連れて行かない。
「そうか妾もついておるし確かに言われてみれば問題はなさそうじゃな」
どうやらナナも付いてくるつもりらしいが下手に留守番させるよりは僕の近くにいた方が安全だ。
何よりこの娘の機転は助けになることが多々ある。
「ああ、ナナも付いているならそれこそ負ける要素は無いな!」
「そうじゃろう、そうじゃろう流石は妾の婚約者じゃ分かっておるのう………ふむ、丁度よい機会じゃこうなった以上は妾とそなたは一蓮托生で婚姻したも同然。だから今後はそなたの事をダーリンと呼ぼうと思う」
ナナの突然の宣言に思わず絶句する。
「あー、ナナ様ズルい私が正式に側室に入ったら呼ぼうとしてたのに取るなんて」
発言からどうやらマリがナナに教えたようだ。
「なんじゃ、別にマリカも呼べば良かろう。言うてたではないかダーリンとは最愛の者と言う意味なのだろう同じ気持ちを持つなら何ら問題ないのじゃ」
言われる身としてはかなり恥ずかしいのだが恐らく僕に拒否権はないだろう。願わくば他の者に広がらないように願うだけだ。
そう思ってる側から隣でアリアが顔を赤くしながら『ダーリン、ダーリン』と嬉しそうに小声で呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます