第51話 動乱の始まり


 スゥインスタ王国に正式に抗議した回答が届くそのふてぶてしい内容に驚く。


 スゥインスタ王国は逆に第二王子と第二王女が失踪した責任を求め容疑者としてクラリスの身柄の引き渡しを求めてきたのだ。

 エンハイムとしてはこちらの抗議を完全に無視した小国の要求など突っぱねて圧力を掛ければ済むことなのだが、この件に何故か王家が動いた。


「メヴィ様、王家からもクラリス様の出頭命令が出ております。いかがなさいますか?」


「母上は何と?」


「もうすぐ公爵家を継承する事になるメヴィ様に全権を委ねると」


 5ヶ月後の僕の誕生祭と合わせて行われる継承の儀で正式に公爵位を譲り受ける予定だったのだが、権利だけは前もって僕に委ねてくれる腹積もりのようだ。

 つまり母上から好きにして良いとのお墨付きを頂いたことになる。

 予定より早くなったが兼ねてよりの計画を進めることを僕は決断した。


「まず学園でのクラリスの安全を確保しろ、場合によっては実力行使も構わない」


 クラリスを抑えられると人質に使われる。

 ダンジョンでの失敗で落ち込んでいる時に自分が足枷になるような事があれば躊躇なく自分の足を切る妹の事だ何をしでかすか分からない。

 本来なら僕が転移で迎えに行ければ良いが王都は転移阻害されており直接飛ぶことが出来ない。

 

「畏まりました。エイミィが付いているので王家側の手に落ちることは無いと思いますが早急に第八師団スコーピオを向かわせます」


 その事をアリアも分かっているので星宮十二師団ゾディアックの中でも隠密機動を誇る部隊の派遣を決める。


「よし、ターレスなら秘密裏に事を成すだろう」


「それともうひとつまだ正式に宣言されていませんが重要な報告が……」


 複雑そうな顔でアリアが告げる。


「なんだ、僕にとって好ましくない事なのか?」


「情勢から考えると寧ろ好機かと……ただ……」


「ただなんだ? 好機なら話せ情報を得なければ判断もできんだろう」


「失礼しました。報告と言うのはレーグランド神聖国でクーデターが起きレーグランド聖教会が実権を掌握した模様です」


 なる程僕がこの国でやろうとしたことを向こうでも誰かがやったらしい。


「……それは確かに好機。なぜ発言を躊躇した?」


「申し訳ありません。裏付けが取れた情報では無いのですがレーグランド聖教会の救世主として中心となって動いた人物の名がエニスティとの事でしたので恐らく…………」


「あの女、やはり生きていたのか」


 ラボからの報告であの時戦って捕えたのはただの眷属に過ぎないと言われていたので、しぶとく生きている可能性は考えていた。


 あの女が何を考えているかは分からないがクーデターが成功した直後であれば国を纏めるのに時間が掛かるだろう。そうなるとレーグランドからの干渉が一時的に無くなる。

 僕としては計画を進める上で正に好機だった。


「メヴィ様。いかがなされますか?」


 アリアもそれを分かっているのかいつも以上に真剣な眼差しで僕の顔で見つめて答えを待つ。


「今回の王家の対応でハッキリしたこのままではこの国に未来はない、この機会を利用する各師団長に連絡。鳳雛が巣立つ時が来たと伝えろ」


「はい! 遂に動かれるのですね。師団長達もきっと喜ぶでしょう」


 僕は予てより計画していたグラシャス公爵全領の独立を決行する。


「賛同する貴族勢力にも伝令を飛ばして、日和ってる連中の牽制に当たらせろ」


 王家はまず独立は認めないだろう今回のグラシャス家を軽んじた対応を見る限り敵対するのは明白。

 その際に後ろ盾となるのは東のファーレンになるだろうが日和ってる連中は情勢次第でどちらに転がるか分からない。 

 信頼に足るのは直臣の貴族達と北方のヴァルジュ家。あとはマリの実家も表立っては支援できないだろうが裏では動いてくれるはずだ。


「メヴィ様。ひとつ懸念がナナイミナーラ様はいかがなさいましょうか?」


「ああ、あいつなら心配要らんだろう、こちらにこの情報が来ているということはとっくに王都を脱出している頃だろうよ」


「…………確かにあの方に対して私としたことが要らぬ心配というものでした」



 その言葉通り、そして僕の予想より早く、護衛を引き連れた彼女が三日後にやって来た。

 僕の正式な婚約者。エンハイム王家の第八王女『ナナイミナーラ・ドミナ・エンハイム』其の人が。


 彼女は護衛に案内され謁見室までやって来ると僕を見つけるなり王女という立場を忘れ駆け込んで来る。受け止めたまだ幼さの残る体は軽く背丈も同年代から比べれば低い、よわい13というにはさらに幼く見える美しい少女は婚約者ながら情愛というよりは保護欲の方を強く刺激する可憐さだ。


「メビウス久しいのじゃ、妾がいなくて寂しかったであろう。許すぞ早う妾に挨拶せい」


 ナナに促され片膝を付いて差し伸べられた手を取り甲へとキスをする。


「うむ、相変わらずメビウスは妾にデレデレのようじゃのう。ホレ早う別室に移って話をするぞ」


 そう言ってナナはバンザイのポーズをして僕の首に飛びつこうとしてピョンピョンと飛び跳ねる。

 ナナの合図に僕はいつものどおり彼女を持ち上げいわゆるお姫様抱っこの形をとる。


「ナナイミナーラ様。いつも言っておりますが少々王女としてはしたないかと」


 アリアがナナの教育係のように苦言を呈する。


「相変わらずアリアはお固いのう。だがしかし、これは妾の特権じゃ絶対に譲らぬ。だいたい汝らは毎夜メビウスに可愛がってもらってるのだろう、それに比べればこれくらいの甘えは許せ!」


 閨の事まで持ち出されてはアリアも苦笑いして黙るしかなかった。

 そのままナナをお姫様抱っこで貴賓室まで連れていきそのまま椅子に座る。


 呼び出されたマリが遅れて部屋に入ってくるなり僕となナナの姿を見て思わず声を漏らす。


「なっ、ナナ様。相変わらずなんて羨ましい」


「うむ。アリアにも言うたが本当に妬ましいのは妾の方じゃ、早く妾もメビウスとアヘアヘのメロメロになりたいのじゃ!」


 目の前の紅茶を飲んでいたら絶対に吹き出すところだった。さすがに今の言い方は王族として品がなさ過ぎる。

 アリアも珍しく額の血管をひくつかせながらナナに問い詰める。


「ナナイミナーラ様。先程の言葉は流石に聞き捨てなりません。誰からそのようなハシタナイ言葉を教わったのですか!?」


 さすがのナナもアリアの様子に気圧されて素直に答える。


「前にアリシアがふらっと立ち寄ったときに教えてもらったのじゃ愛し合う者同士は必然とそうなると言っておったぞ違うのか?」


 しかし返ってきた純粋な問いかけに今度はアリアが困り顔をしてマリの方に助け舟を求める視線を投げ掛ける。

 マリは無情にも首を横に振るだけで助けてはくれなかった。


「ナナ、確かに愛し合えばそうなることもあるが先程の言葉では品がなさ過ぎて高貴なナナが使うには相応しくない」


 仕方なく僕が口を挟むがナナの疑問はこれで終わらなかった。


「では何と言えばよいのじゃ?」


 思わぬナナの再度の問い掛けに対し答えを窮してしまい思わず前世の感覚で伝えてしまう。


「…………えっと。チョメチョメとか!?」


「ばっ、メビウスあんたナナ様に何教えてんのよもう、せめてラブラブとかそんな感じが無難でしょうが。まあ、王族が使うような言葉ではないけど」


 すかさずマリから否定され妥協案が提示される。


「分かったのじゃ、今後はラブラブと言うことにするのじゃ、何だかメビウスとより親密になれた感じがするしのう」


 ナナはどうやら言葉のイントネーションが気にいたらしくラブラブで落ち着く。まあ先程の言葉よりは幾分マジだろう。

 そんな思わぬ脱線話をしている間に連絡を受け取った最後の重要人物が部屋に設置された投影機に映し出された。

 

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