第53話 決意


 取り敢えず呼称の件は何とかふたりきりの時だけと条件をつけて逃れた。


「まったくメビウスの照れ屋にも困ったものじゃ、まあ良いそれでは早速スゥインスタに遠征する準備を整えるのじゃ屋敷のメイドを借りるぞ」


「ああ、何なら専属を付けても構わないぞ」


「それでは、アリアを所望するのじゃ」


「「駄目だ(です)」」


 僕とアリアの声が重なる。思わず出た声にアリアが恥ずかしそうに俯いて『失礼しました』と謝る。


「くっ、流石にこう見せつけられるとモヤモヤするのじゃ〜」


「はいはい、それなら私が専属になってあげますよ、メビウスもその方が安心でしょう」


 なんだかんだで面倒見の良いマリが自ら買って出る恐らく護衛も兼ねての提案なのだろう。


「む〜、メイドとしては余り役に立たんが仕方ないマリカで我慢するのじゃ」


 言葉どおりマリにメイドとしての技量はないが余りの言い草に注意しようとするがその前にマリは優しく笑いながらナナを嗜める。


「あら、そんな事言うようならもうメビウスの秘密を教えてあげないわよ」


「なっ、それはズルいのじゃ……分かったのじゃ妾はマリカが良いのじゃマリカを妾の専属メイドに所望するのじゃ!」


 悔しそうにマリカを見つめるナナに対し温かい笑みを崩さないマリ。

 その様子は正室に取り入る側室という宮中劇というわけでもなく僕の知らない間に彼女らは彼女らで別の絆が結ばれているように思われた。

 それにしても僕の秘密って何だ? 


「フッフ、メヴィちゃんのお嫁さん達は仲がよろしくて微笑ましいわね」


 今までの痴話話をずっと母上に聞かれていたことに気付き恥ずかしくなる。


「フッフッフッ、羨ましかろう。エンハイムでは母子婚は認められておらぬからな諦めるが良い」


 何故かアリアやマリ達以上に母上に対抗意識剥き出しにして見せつけるようにナナが僕にスリスリして来る。

 因みにナナの言うとおりエンハイムでは三親等までの近親婚は認められていないが血統を重視する一部の国では王族に限り一親等ですら認められている所があるらしい。


「あら、独立すればその法だって変えられるのよ」


「なっ、しまった~、敵に剣を渡してしまったのじゃ〜」


 前世でいう敵に塩を送る的な意味合いの言葉を口にするナナ。


「フッフ、冗談よメヴィちゃんを愛してはいるけどそれは息子としてよ、勿論ナナちゃんも含めてお嫁さん達も娘と同様に愛してるから安心してね」


 それにしてはスキンシップが過激な気もするがよくよく考えれば一線を超えてしまいそうなイケナイ雰囲気になったことは一度もない。

 もともと母親にそういうことを求めていない事もあるが母上にとっても僕がいくつになろうが可愛い子供のままなのだろう。



 場の空気が完全に緩んだこともあり会議はここまでとして二日後に改めて星宮十二師団ゾディアック全員を交えた作戦会議を開く手配をつけてその場は終える。


 母上との影像通信を切り僕とナナ、アリアとマリだけに戻る。

 ナナは気を張り続けて強がっていたらしく話が終わると気が抜けてウトウトし始める。


「メビウス、私が連れて行くわ、一応専属を仰せつかった訳だし。部屋はまだ用意してないだろうからメビウスの寝室で寝かせておくわね」


 マリがそう言ってナナを抱き寄せるとウインクをして立ち去る。


 残ったアリアに僕は感慨深げに呟く。


「アリア、遂にここまで来たぞ」


「はい、メヴィ様」


 アリアも色々と思うところがあるのだろう目を閉じると手を胸にギュッと当てる。


 僕が独立を画策する切っ掛けはアリアが虐げられていた事に始まる。今でこそ僕とパスが繋がり魔力を供給出来ているがそれ以前は酷いものだった。

 兎に角エンハイムでは魔力が強いものが絶対でそれ以外の才能は軽んじられていたからだ。

 それはアリアだけでなく類稀な知略を持つエルリック然り武芸百般のクロエも魔力が低いと見られていた獣人族なども他に優れた長所などいくらでもあるのにそれを見ようとせず魔力だけを価値基準にしたエンハイムの考え方が僕には受け入れ難かった。


「メヴィ様。無理はされていませんか?」


 アリアの閉じられた瞳が開き僕を心配そうな目で見る。


「アリアには僕が無理をしているように見えるか?」


 質問を質問で返すかたちになったがアリアは気にせず答えた。


「……いえ、むしろ嬉しそうにも見えます」


「ああ、僕は嬉しんだと思うよ。これから沢山の血が流れるかも知れないというのに、僕の手で皆を幸せにするという理想に近づいた事に喜びを感じている僕は思った以上に傲慢な人間のようだ」


「暗愚な君主より有能な暴君と言う言葉も有ります。何が幸せかは人によって様々、故に全員が同じ幸せを享受することは不可能てす」


 この世界では有名な教訓話で暗愚な王の元で幸せな平和にかまけ惰眠をむさぼった国は簡単に滅び、冷徹で時には暴君とまで言わるほど非情な政策を取ってまで先を見据えた政治体制を築いた国は末永く栄えたという故事からきている。

 これにしたって民からすれば平和を享受していた間は幸せだったのだろうし、暴君の元で国の礎として恐怖にさらされた者達は不幸だったともいえる。


 結局のところ人間の力程度では全ての人を救うことなど出来やしない。

 

 仮に僕が無限の魔力を使って他国の民にすら平等の権利を与えたところで僕の価値観を是としない者にとっては強いられた平等に価値など見いだせる訳がなくその時点で不幸の始まりとなる。

 そうして今僕がエンハイムの価値観を否定しているのと同じように不満は心の奥でずっと燻り続け、いずれどこかで爆発する。

 そんな事は前世も現世も歴史を鑑みれば明らかだ永代に続いた国家も無ければ時代と共に価値観も変化していく、全てを救うことが出来ないのであればせめて自分の大切な人達を僕を信じてくれている民達を力の及ぶ範囲で幸せにしたいと願う…………だって僕は前世で大切な人を誰も幸せにすることは出来なかったのだから。


 

「僕は僕の大切な人達の為に他者を踏みにじる独裁者にも暴君にもなる覚悟はあるよ」


 優しさだけで大切なものは守れない、僕は大切な者達が傷つくくらいなら自らの手を汚す。

 それが例え前世での親だろうが知ったことでない、もともと冷え切った関係だ掛けるべき情けを絶対に間違えたりはしない。


「では共に歩む私はメヴィ様の剣として悪鬼羅刹となりあらゆる者を斬り伏せましょう」


 そんな想いを組んでかアリアが告げる。


「僕の大切な人には君も含まれてるんだがなアリア」


 血に染めの道を共に歩こうとするアリアに苦笑いを返す。本音を言えばアリアも含めて僕の愛しい人達には戦いなどしてほしくはない、かと言って彼女達は安寧な場所で守らるだけの立場を良しとはしないだろうし、それを幸せとは思わないだろう。


「それこそ私の幸せはメヴィ様と共に歩む事。それがどのような道かなど本当はどうでも良いのです」


 思っていた事と近い言葉がアリアの口から告げられる。

 

「そうだね、それは僕も同じだ大切だから側にいてほしい、ただそれたけだ」


 それだけのために僕はスゥインスタを贄として焚べる。スゥインスタの平和よりグラシャスの平和を自分の大切な方を選びとり侵略者となるのだ。



 

 


 

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