第44話 始原龍再び


 どういう方法を使ったのか分からないが明らかに始原龍は強くなっていた。


 まず先程は使わなかった状態異常攻撃や遠距離攻撃をしてくるようになった。

 しかも凶暴性も増しておりダメージを受けようが怯むことなく攻撃をしてくるためカウンターも取りにくい。


「クラリス、あいつ思った以上にヤバい」


「ええ、攻撃手段が増えたのもありますが自己修復再生が尋常じゃありません鈍化も切ったそばから打ち消されますし」


 そう言っている間に始原龍の体から液状化した触手が生えるとカマキリの鎌を形造る。

 始原龍に生えたカマキリの鎌は風の刃を飛ばしてくると同時に別の触手からは麻痺針が放たれる。


 こちらも攻撃を避けつつ技を放つがダメージを与えても直ぐに回復してしまうのでジリ貧の攻防が続く一方だった。


 カリアーナはその様子を上空で見ているだけで攻撃する気配を見せないのが気になった。

 だか今は始原龍をまずはどうにかしなければ話にもならない状況だ。


「エイミィ同時に行きましょう」


「うん、分かった大技ぶっぱなす!」


 私とエイミィは右と左に別れると攻撃を躱しながら両サイドから破壊力の高い技を同時に繰り出す。


「いい加減倒れなさい!」

「やぁぁぁー!」


 私が右から純粋な斬撃技としては最強の【断魔風牙斬】を放ち始原龍の敵意をこちらに向けさせる。 

 その隙に左から大技と言うには少し気の抜けた声でエイミィが【滅殺剛波動掌】というオーラを纏った掌打を頭に打ち込む。

 エイミィに以前一度見せてもらったことがあるが地面に巨体なクレータが出来る程の破壊力である、普通ならいかに龍種といえど耐えられるものではない。


「さすがにこれは殺りましたでしょう」


「ダメ、クラリス」


 技の衝撃から発生した粉塵に包まれる中、エイミィの声と共に別の龍種が私を噛み殺そうと首を伸ばして噛み付いてきた。

 私はエイミィの声に反応して咄嗟に後方へ跳んだおかげで牙は躱せた。

 しかし、その後に口から吐き出された毒のブレスを防ぎきれず左の足首を侵蝕されてしまった。

 状況を確認したエイミィは瞬時に私に近づくと抱きかかえて安全圏に退避させる。

 こちらに近づかせないために、すぐさま八本首になった始原龍に向かっていった。


 エイミィと入れ替わるようにいつの間にか私の上空にはカリアーナが来ていた。


「あらあら、惜しかったですね。昨日までならそれで倒せたでしょうけど」


 ようやくカリアーナが満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。


「どういうこと?」


「察しが悪いですね、あれは始原龍の体を乗っ取った別の生物ですよ」


 なんとなく気がついていたがいまので確証を得た。

 中層階以降に現れだした凶暴化した魔物は全部乗っ取られていたのだ今始原龍を乗っ取っている得体のしれない何かに。


「わざわざご教授ありがとうございます……でも、そんなことを私にもらすなんて、もしかして勝った気になってますか?」


「それこそ、当然でしょうアナタはヒュドラの毒に侵された。このエリアにいる限り回復は困難ですからね」


 彼女のいうとおり、先程から解毒のための回復アイテムをアイテムボックスから取り出そうと試みていたが上手くいかなかった。

 どうやらカリアーナの仕業のようだ。


「それはそれは、随分と用意周到なことで……自分の弟すら駒にするなんて、あの男もクズだったけど貴方も劣らないクズ女ね」


「ハァ、あんなバカな弟なんてどうでもいいもの、私には義兄さんさえ居てくれればそれで構わないですから」


 その言葉で思い至る。

 何故気付かなかったのだろう、アレの姉ということは兄様の前世での妹だったということに。


「あなたが前世でのろくでも無い妹なのね。前世も含めてこんなことしておいて兄様があなたを許すとでも」


「ええ、もちろん最初は怒るでしょうね。でも後で気付いてくれるわ、私の行いがいかに義兄さんのためを思ってしたことなのかをね」


 この女の行動のどこに兄様を思う気持ちがあると言うのだろう気持ち悪い。

 同じ好きという感情を抱いていて姉様達とは共有できる気持ちがこのクズ女とは全く出来ない。


「あなた本気でそう思ってるの? そんなことじゃ前と同じで本当の意味で兄様の妹になんてなれやしないわよ」


 私の言葉でクズ女の表情が変わると、怒りに満ちた表情で声を荒らげて叫んできた。


「何も知らない偽妹が知ったか言ってんじゃないわよ、私がどれだけ義兄さんだけを思い続けたかも知らないくせに……義兄さんがどんなに私に優しくしてくれたか知らないくせに……私が義兄さんに抱かれたことも知らないくせに」


 何気に最後の言葉は衝撃的だったが兄様の話を信じるならこの女のせいで家を追い出されたと聞いている。

 きっと優しい兄様に付け込んでこの女が何か良からぬことをしでかしたのだろう。

 それが許せなくてつい言葉に怒りの感情をのせてしまう。


「知るわけないでしょうあんたのことなんて、だいたい今の兄様はグラシャス公爵家嫡男よあんたとは縁もゆかりも無い立場なんだから。この世界で兄様の妹は唯一人私だけよ!」


「どんな手を使ったか知らないけど、どうせ義兄さんの優しさに付け込んで取り入ったのでしょう。私こそ前世から繋がる本当の意味での真の妹よ!」


 この場に兄様がいればハッキリするのだが残念ながら兄様はいない、しかし妹としてこの女を兄様の妹としては絶対に認めることは出来ない。

 

「付け込んだのはあなたの方でしょう、おおかた抱かれたのだってどうせアナタから無理やり関係を結んだんでしょう。兄様が自分からアナタなんかを抱くわけないから」


 どうやら図星だったのかクズ女が一瞬苦い顔をする。


「黙れよ偽妹のくせに、どうせオマエはここで死ぬんだよ、ヒュドラの毒でね……ほらもう膝まで侵蝕が進んでるじゃないか、足首なんて腐ってきてるわよ、アハッハッハ」


 クズ女の言うとおり私の左足は膝のところまで紫色に変色し足首は皮膚と肉が爛れ腐り落ちたようになっている。


「ふっふっ、大口叩いて良いざまね。死ぬまでじっくり見物しててあげるわよ感謝なさい、その後はそうね義兄様に涙ながらに伝えてあげるわ、貴方の偽妹は健闘虚しくヒュドラに殺られましたって、代わりに私が仇を討っておきましたってのはどうかしら、きっと義兄私にすごく感謝するはずよ……」


「黙れ!」


 聞くに堪えないクズ女の話を遮る。


「何よ、ここからが良いところでスゥインスタの姫としてグラシャス家に降嫁するのよ、そうすれば妻として妹として未来永劫義兄さんを支え続けてあげれるわ、凄く良い案だと思うでしょう」


 笑いながらありえない未来を語るクズ女に私は完全にキレた。


「グラシャス家を舐めるな。兄様を舐めるな。何より私を舐めるなぁあ!」


 私は手甲に歯を当て食いしばると自らの左足の膝から下を切り落とした。

 バランスを崩しなが【裂空旋風衝】を牽制代わりに放つ。

 激痛に倒れたまま叫びたいのを我慢すると身体強化と障壁の応用で切り口を魔力で覆い出血を止める。


「なっ!?」


 予想もしなかった行動に呆気にとられていたが、すぐに追いかけてくる竜巻に巻き込まれないように後方に逃げた。

 その間に大声でエイミィを呼んだ。


 エイミィは時間を稼ぐため始原龍を吹き飛ばすと私の元に駆けつけてくれた。

 

「クラリス……足……」


「気にしないでまた兄様に治してもらうから、それよりエイミィ貴方の武装展開を許可します」


 初めからこうしていればよかったのにと出し惜しみした自らの判断の甘さに後悔する。

 兄様から預かった金の指輪をエイミィにかざし封印解除の為の命を伝える。


「我、星十字を統べる者の代理として命ずる。我が国で違法な生体実験を繰り返す首謀者と実験生物を駆除なさい」


「いえす! まい、れでぃ……ってクラリス実験生物ってなに?」


「あの八本首になった始原龍のことよ」


「うん、了解。それじゃあ行くよ」


 エイミィが『武装戦衣展開フォームアップ・アームズ』の封印解除のキーワードを唱える。


「ニャンゴロ、ニャンゴロ、ニャンニャン!」


 ちなみ解除ワードは各々に任されているようで皆がエイミィと同じと言うわけではない。

 可愛らしくはあるが少し緊張感に欠けるのが正直な感想である。


 しかし緊張感とは関係なく『武装戦衣展開フォームアップ・アームズ』は問題なくに認証され、エイミィの解除ワードに反応し首輪に付けていた小さな銀の鈴から光が溢れ出すとエイミィを包み込む。


 光の中でメイド服が髪の色と同じピンク色した可愛らしいバトルドレスに変わる。

 腕にはオープンフィンガータイプのガントレットが装着され、腰には封印されていた古代遺物アーティファクトの『金剛神力メギンギョルド』が巻かれ、猫の顔をした銀のバックルが特徴的だった。

 何でも兄様にお願いして付けてもらったそうだ、既存の価値観に囚われない自由さはエイミィらしいといえばらしい。


「ごめん、後は任せたわ」


「うん、任された。クラリスは大人しくしてて」


 エイミィは【裂空旋風衝】の竜巻から逃げていたクズ女に向かって跳び上がる。そして簡単にクズ女の腕を掴むとブン回してから始原龍の方に向けて放り投げる。


『キャァァァ』と似合わない可愛らしい絶叫を上げて飛んで行ったクズ女の後を追いかけるようにエイミィは駆け出して行った。


 

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