第19話 打ち上げ花火


 黒耀と天耀の間隙を縫うようにして再度キョウカに接近する。

 まずは黒竜の動きを封じるため失われた術式ロストグリモワールのひとつ【神狼の枷グレイプニル】を展開する。

 無数の魔法陣が黒竜を取り囲むように宙に浮かび上がるとそこから無数の鎖が伸びはじめ黒竜に絡みつくと捕縛して動きを完全に封じた。


 その間に鎖に気を取られているキョウカの間合いに近づく。


「なによ、その力反則じゃないのっ……ぶへぇっ」


 そして、キョウカが何か言い始めるた途中で思いっきり顔面を殴った。


 キョウカはそのまま黒竜の上から吹き飛ばされ地面に落下すると思われたが、背中から翼が生えるとそのまま飛翔した。


「信じられない、信じられない、信じられない」


 口から血を滲ませキョウカが苛立つ。


「なんだ、もしかして女は殴らないとでも思ったのか?」


「当たり前じゃない、普通殴らないわよ。何考えてるのよ」


 何を考えているか聞きたいのはこちらの方だ。

 大量虐殺を計画しておきながら自分が殴られるのは許せないなんて話がある分けがない。


「言ったはずだ、テロ計画の主犯として処断すると、犯罪者に男も女も関係ない」


「はぁ、有るに決まってるでしょう。私はレーグランド神聖国の聖市民たるエニスティ・ガーデンブルム、選ばれた存在なのよ。下民ごときの命なんかと比較にならないわ、一緒にしないでくれるかしら」


 前世でも本性は酷いものだったが、今世ではもっと捻れて取り返しがつかない事になっているようだ。

 しかも自分で身元を証すお間抜けっぷりに思わず失笑してしまう。

 同時にマリを見ないで、こんな女と付き合った前世の自分の節穴っぷりに嫌気がさす。


「本当に僕って最悪だな」


「そうよ、タクミはもっと反省しなさい私を殴るなんてDVじゃ済まされないわよ」


 僕はマリに対して罪の意識を抱いたのに、勝手に自分のことだと勘違いしたキョウカ改めエニスティと名乗った罪人の発言に大事な気持ちを盗まれた気がした。


「DVって、お前は身内でもなんでもない。何度も言うがただの犯罪者だ」


 今の立場を分からせるために高速で接近するとその勢いのまま腹部に膝を入れておく。


「ぐべっ、うげぇっぇえぇえ」


 罪人は腹に重い一撃を受け嘔吐物を空から撒き散らす。せめて下に誰もいない事を願おう。


「それにしても、まだ飛翔体勢を維持してるのは驚きだ吸血種に飛行能力なんてあったんだな」


 前屈になりながら口を拭う姿を見て、素直に感心しつつ、吸血種についてそれとなく探りを入れる。

 何せレーグランドは秘密主義の国で、吸血種にしついても不明な点は多い、得られる情報があれば些細な情報でも欲しかった。


「うぐっぐぐっ………この体じゃなかったら危なかったわよ」


「なるほど、吸血種は再生能力も有るらしいが本当か?」


 僕は確かめるために【捻転外傷ツイストウーンズ】の理を組み上げ罪人の右腕に発動する。


「いだっ、いだっだっっ、腕が、うでがねじれちゃう、あぎゃぁぁぁあ」


 腕がありえない方向に捻じれ皮一枚で繋がる。

 しばらく様子を見ていたが再生する様子は見せない。


「なんだ自己再生はしないのか?」


「何を言ってるのよ、今の私にはそんな能力無いわよ、タクミこそ私をここまで傷つけるなんて。本当に人間なの?」


「お前には言われたくないない台詞だな」


「予定変更よ、タクミがここまで変わってるなんて、アンタなんかタクミじゃない。あの優しかったタクミを、私のタクミを返してもらうから」


 何を言い出すかと思えば僕がキョウカに対して無慈悲なのは前世と今回の件があるからだ、自業自得な行いを受けているのに、あたかもこちらのせいにされても困る。


「それでどうするんだ、そんなボロカスの状態で?」


「それはこれを見て言うのね」


 キョウカは痛みに耐えながら、左手を額に当て視線を誘導する。すると額が割れ、そこに第三の目サードアイが現れる。

 第三の目が僕の視線を捉え、魔眼の力が僕の精神体に直接介入してくる。


「どうかしら、魔眼で増幅したテンプテーションは黒竜さえ支配下におけるのよ人間ごときに抵抗できるはず無いわよね」


「…………」


「こっちにいらっしゃいタクミ。そして私に謝罪と足に忠誠の口付けをしなさい」


 僕は言われるままにキョウカに近づくとしゃがみ込む。

 そして、そのまま低い体勢から天に向けて拳を振り上げる。ボクシングでいう、いわゆるアッパーカットが犯罪者の顎を捉える。


「ぶへぇぇぇえええ」


 罪人を汚い音と共にさらなる上空に打ち上げる。

 それと同時にエルリック側の包囲完了を報せる閃光が夜空に輝き重なる、汚い打ち上げ花火になってしまった。

 だが、これで時間稼ぎをする必要もなくなったという合図でもあった。


 

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