第20話 LOSER


 とっとと処断するために上空に打ち上げた罪人を追いかける


 打ち上げ罪人は鼻血を出しながら体制を立て直しており、歪んだ顔で僕を睨みつける。


「何でよ、何で私のテンプテーションが効かないのよ、おかしいでしょう。ズルいわよ」


 効かないのは当然だ。

 エンハイムでは国の重要ポストに付く人間や王族、高位貴族には魅了や洗脳対策が最優先で施されている。

 それこそ上位竜種の魔法プロテクトなど比較にならないくらいに。

 それは、過去に吸血種の魅了により国政を乱された苦い経験があるからだ。

 

 当然、次期公爵位の立場にある僕にも魅了、洗脳対策が施されており、しかも僕自身でもプロテクトを強化している。

 打ち上げ罪人は自慢の魅了が効かずに憤っていたが、魔眼で増幅されていてもそれを突破出来なかったそれだけの話だ。


「それで、使わないはずの切り札まで使ったのに効果が無かったようだが、次はどんな手を使うんだ? 僕を攻略するんだろう」


 最初は魅了を使わないと偉そうに言っていたが、不利になるとあっさり使ってくるあたり、やはり美学ではなく醜学で間違いなかったようだ。


「ううっ、何でタクミが私に優しくしないのよ、前は話しかけただけで照れて笑ってくれたのに」


「それは裏切る前のお前にだろう」


 あの時は本気で好きになっていたから、優しくするのは当然だろう。

 でもこいつは裏切った、よりにもよって友人と思っていたオオツカと関係を持ち、それを最後は見せつけるようにして。


「だから、謝ったじゃない。あの後本気で好きになったのはタクミだけだった。私を満たしてくれたのはアナタだけだったのよ」


「それは知ったことではない。そもそもが僕と付き合ったのもゲームだったんだろう」


「最初は確かにそうだったけど、マンガとかでも良くあるでしょう、本当に好きになっちゃったのよ、少しずつ話しかけるたびに貴方が心を開いていってくれて、私の力で少しずつ笑うようになってくれて、本当に惹かれていったの……」


 罪人がどう過程を取り繕おうと辿り着いた結果があれだ。


 嫌でも思い出す時がある、キョウカが乱れた衣服と情事の後だと思わせる火照った表情で話し掛けてくる姿を、最後に見せつけてきたキョウカとオオツカが僕を笑いながらキスを貪り乱れる姿を………。


 それを今更、本当は好きだったと言われて信用するほど僕はもうお人好しではない。

  

 それに、そもそもあの時の僕が心を開く切っ掛けをはキョウカじゃない。今なら分かるが一年間掛けて僕に話しかけ続けてくれたマリだ。


「なあ、お前、僕が立ち直る切っ掛けを作ったのは自分だと思ってないか?」


「はあぁ、当たり前じゃない、クラスで陰キャ扱いされて友人もろくにいなかったタクミに、この私が苦労して少しずつ話し掛けたことで少しずつ明るくなって立ち直ったんじゃない」


 こいつの言うことは全部が間違いではない、ただ前提として僕がキョウカと話す切っ掛けになったのはオオツカであいつと友人になる切っ掛けはマリの幼馴染で親友だと言ったからだ。

 あの時の僕は愚かにもマリの親友と言う言葉を鵜呑みにし、その知人と言うだけで警戒心が緩み二人のことを信じてしまった。

 結果的には裏切られることになるが、二人を信じられるようになるまでに僕を立ち直らせてくれたのは、マリが高校一年の時から心を閉ざしていた僕に諦めずに何度も話し掛けてくれて、他人といる事の不安を和らげてくれたからだ。


「それは違う、そもそも他人を一切信じなかった僕がキョウカなんかを信じられるくらいまでにしてくれたのはマリのおかげだ」


「だれよ、その女。どうせタクミに纏わり付くゴミ虫なんだろうけど……どうせ……」



「マリを侮辱するな。ゴミはキサマだろうが」


 マリを蔑むゴミの言葉に怒りが瞬時に沸点まで到達する。

 不要なサードアイを左手で突刺し抉り出すと横腹に膝を入れ、右手で鳩尾に拳を打ち込む。


「がはっ」


 ゴミは息が出来ず声にならない呻き声をあげる。


「お前は自分の力で僕を攻略したと言ったが、間違いだ。単純にマリが積み上げてきたものを横から掻っ攫っただけに過ぎない」


「げほっ、げほっ、だから誰よその女。あの時タクミの周りに女なんか……………うそっ」


「思い出したか、僕に立ち直る切っ掛けをくれたのはお前じゃない、桔梗マリアなんだよ……勝者になるべきなのは彼女だったんだよ」


 言葉にする事で僕自身の罪を実感する。

 僕に立ち直る切っ掛けをくれた彼女を救えなかったことを……。

 そして幸運に思う、現世で彼女とマリカマリウスとして出会えた事に。

 


「うそ、うそよ、私があんな地味な女に負けてたなんて、そんなはずない」


「事実だ! お前は自分の力で僕を立ち直らせてなかいない、全部マリの力だ。お前はさながら何もせずにボスの止めだけ刺して自慢気にイキって報酬だけ分捕るクソな寄生ゲーマーだよ」


 僕をリアル恋愛ゲームの攻略対象にしていたらしいので皮肉を篭めて告げる。

 改めて勝者になるべきなのはマリだったと。


「うそ、うそだ、タクミは私が唯一自力で手に入れたもの、そのはずで…………あんな女のお膳立てのおかげなんて有り得ない、有り得ない、あり得ない…………でも……それじゃあ、私はタクミを自分で手に入れたんじゃない、タクミも結局あの女から与えられたものなの? ………いや、いやだぁぁぁぁあ、違う、違う、そうだ……それなら……タクミは私が手に入れる、手に入れてみせる今度こそ、ふふっ、フフフフッ」


 キョウカの残った瞳に妖しい光が灯る。

 悪寒を感じ咄嗟に【物質粉砕マテリアルブレイク】で全身の骨を砕き、【次元牢獄ディメンションプリズン】で封じ、この世界との干渉を断ち切る。

 後で情報を搾取するためでもあるが、言い得ぬ悪寒に力以上の何かを感じたので咄嗟に取った処置だ。


 とりあえず黒竜もグレイプニルで捕らえているので当面は大丈夫だろう。

 黒耀も魔力供給が途絶えたことで顕現出来なくなり、攻撃対象を失った天耀が僕の周囲に戻ってくる。


 マリがオオツカに遅れを取るとは思わないが精神的な苦手意識があるかもしれない。

 僕は急いでマリの元に戻ることにした。





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