第6話 勇者セリナの落日



 愚かな私にあの女は最後のチャンスをくれた。

 死ぬくらいなら裏切って傷つけたタッくんに償えと、タッくんの役に立つ為に私に身を捧げろと。


「裏切り者で男好きのアナタにうってつけの仕事がありますよ」


 そう言って説明された内容は亜人達の妻になる事だった。

 この世界において一部の亜人種は雌がおらず多種族の雌を孕ませることで繁殖するらしく、その一部の亜人種をタッくんは正規の部隊として採用しているとの事だった。

 通常は犯罪者やごく少数の希望者をあてがい亜人部隊共通の妻にするのだが勇者として能力の高い私ならきっと質の良い子を産めるはずだと言われた。


「嫌よ、イヤ、絶対にいやぁぁ」


 あの女の説明を受け死んだほうがマシだと思える内容に激しく拒絶した。


「そう、ならアナタは私の実家に送るわ」


「どういうこと?」


 意図が分からず私は尋ねる。


「私の実家、ハイアット家は昔勇者を名乗る輩に酷い目に合わされていてね、今でも目の敵にしてるの、きっと喜んでアナタをなぶり殺してくれるはずよ」

 

 しかし、内容は同じようなもので私は絶望の淵に立たされた。

 確かにタッくんを裏切ったのは酷いことだけのこんな報いを受けるほど酷いことをしたとは思えない、もう少し救いがあっても良いはずだと私は必死に懇願する。


「なんでよ、確かに私はタッくんを傷つけたけど、そこまで酷いことをされるほどのことはしてないじゃない、アナタに人の心があるなら少しは哀れみを向けてくれても良いでしょう」


「はあぁ、少しは反省していたかと思えばすぐにこれですか、アナタの思う行いがタクミ様を傷つけたのですよ、アナタは未だにそんな事にも気付け無いのですね」


 私がタッくんを傷付けたなんてそんなの分かってる。

 でも、それは昔の中学生だった子供の時の些細な間違えだし、ちゃんと説明すれば優しいタッくんなら許してくれるはずだ。


「謝るから、心の底から悪かったと謝るから、タッくんに……タッくんに会わせてよ」


「話が通じませんね。私はせめてもの情けで死ななくても良い道を示してあげたのですよ、しかもメヴィ様の役に立てる贖罪の道を」


「どこが情けなのよ、醜い亜人に犯されて子を孕むだけの生き方のどこに救いがあるっていうのよ、お願い助けてよ、もっと別の形でタッくん役に立ってみせるから、こんなの酷いよぉぉお」


 私は泣き喚き温情を乞う、きっとタッくんの耳に入れば助けてくれる筈との希望を込めて。


「何を言っても無駄ですよ、貴方の道は2つです亜人部隊の妻になるか、私の実家で死ぬまでなぶられるかです」


「……そんなの、そんなのって」


「あと、ひとつ勘違いされているようですが我が部隊は亜人だからといって粗雑な者はいませんよ、きちんと教育されアナタよりしっかり自分の考えを持った者達です」


「どういう、ことですか?」


「種族の生態として多種族から女を迎えて共通の妻にするだけで、生まれた子供も皆で平等に育ててますし、妻の人達もむしろ人間の男なんかが扱うより大切にされてますよ」


「それは、本当なの?」


 あの女の説明した内容が自分が思っていたより悲惨な状況ではないと分かり思わず聞き返してしまった。


「でなければ、少数とはいえ志願するものなんていませんよ」


 確かに少数だが希望者もいると言っていたことを思い出す。

 亜人と交わるのは嫌だが逆にそれさえ我慢すれば死なずに済むし、いつかはタッくんが許して連れ戻してくれるかもしれない可能性にたどり着く。


「分かった。タッくんの為に頑張ってみる」


『はあ、本当にどうしようもない方……』


 あの女は呆れたような溜息と一緒に何かを呟き、変わることない冷めた目で私を見ていた。





 膝、肘から先の四肢を失ってる状態の私に首輪が着けられ鎖で繋がれると口枷までされ、まるで犬のように扱われる。


 あの女に鎖で引っ張れながら四つん這いで目的地まで歩かされた。


 たどり着いた先に居たのは犬の顔をした人間で私を迎え入れる亜人種なのだろう。


「アリアスフォード様、こんなむさ苦しい所まで、ご足労恐れ入ります」


「いえ、レオ隊長もわざわざのお出迎えご苦労さまです」


 流暢に話す言葉は人と変わらず、あの女が言っていたように私がイメージしていた亜人とはかけ離れており知性が感じられた。


「それで、これが件の勇者ですか?」


 レオと呼ばれた犬型の亜人はあの女と同じような冷たい眼差しで私を見た。


「はい、メビウス様を裏切り、心を傷つけた大罪人です」


「そうですか……我々を救い、道を示してくれたあの御方を裏切る者など……許せませんな!」


 私が意図していたのと違う話があの女と犬型亜人とで交わされていく。

 モゴモゴと抗議の声を上げるが口枷に邪魔され伝わらない。


 あの女が本当に嬉しそうな顔をして私に告げる。


「フフッ、良かったですね。ガルム族はメヴィ様に大恩を受け、忠義においては随一です。皆、メヴィ様を慕っておりますのできっと裏切り者のアナタを沢山かわいがってくれますよ」


「大罪人などさっさと処刑すればよいと思うのですが、これもメビウス様の温情ですか?」


「はい、あなた方の忠節への褒美でもあります。ですから孕み袋として好きにお使い下さい。懲罰も兼ねているので遠慮は無用ですよ。ただし殺さないように気を付けて下さいね」


 完全に騙されたと気付き、声にならない声で必死にあの女へ訴えかける。


「有り難い事です。きっと勇者というのですから良い母体になるでしょう。より屈強な子供達は将来メビウス様のお役に立つでしょうからお任せ下さい」


「あと、一応、コレの手足を持ってきてますので付け直すのはご随意に」


「分かりました。恐らく戻すことはないと思いますが一緒に預からせて頂きます」


 私の声を無視して手足を付属品にように扱う二人に苛立ちを覚えるが首輪と鎖に繋がれた惨めな格好で唸るだけの私ではどうしようもなかった。



 そのまま私を引いていた鎖がレオという犬型亜人に引き継がれ私は犬に犬のように引かれる惨めな姿で彼らたちの集落へと連れて行かれた。


 そして私は止むことのない後悔の涙を流し続けている。


 何故あの時タッくんを裏切ってしまったのかと、

何故一緒に手を取り向き合わなかったのかと……。





 

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