第4話 幼馴染の想い
私は貴族に生まれたとはいえ魔力が極めて少なく一族からも期待されずにいた。
幸いなのか容姿の良さだけを見込まれメビウス様のお側付きになった。
家としてはていの良い人形代わりだったのだろう主家である公爵の嫡子が気に入れば一族としても役立たずだった娘が多少は使い物になるのだから。
メビウス様と一緒に入学した貴族の学園は弱肉強食の世界で弱者の淘汰は黙認されていた。
それは高位貴族であれ力を示すことが出来なければ継承候補から外される可能性があることを意味しているものでもあった。
また安易に地位を利用することは侮られる要因につながり、継承を確立するまでは簡単に権力を使うことも許されなかった。
そんな中に魔力をほとんど持たない私などが入学すれば格好の餌食になるのは目に見えていた。
案の定私は標的にされると虐げられる日々が始まった。しかしメビウス様はそんな私なんかを都度都度庇い、傷ついていた。
その頃のメビウス様はまだ覚醒しておらず一般レベルの力しか持っていなかったというのにだ。
それから何度も私などを庇うのは止めるように進言してもメビウス様は決して私を見捨てる事はしなかった。
次第に私を虐めるとメビウス様が助けに来ることから弱肉強食とはいえ表立って高位貴族と敵対したくなかったのだろう、少しづつだが私を虐げる人も少なくなった。
そんな時、私は最悪な相手に目を付けられた。
西のグラシャス公爵家に匹敵する東のファーレン公爵家の子息であるカイザル・ファーレンに……。
彼は人形としての私が気に入ったらしく私を甚振る事を楽しんだ。
庇うメビウス様に対しても同様に容赦なく力を振るい、その都度メビウス様は傷だらけになりながら堪えていた。
そんな中、いつもの様に私を庇い痛めつけられるメビウス様を前にしてカイザルは私にこう言った。
「お前が俺の物になるならこのグラシャス家の凡才には手を出さないでいてやる」
私はメビウス様が傷つく姿を見ていられず、思わず頷きそうになる。
でも、その時見たメビウス様の絶望に染まる瞳に目を奪われた。
どんな時にも光を失わず堪え続けていた筈の瞳から光が失われそうになっていたのだ。
そこでようやく私は気がついた。
自分の愚かで浅はかな決断がメビウス様の心を1番傷つけてしまうことに、今迄、堪え抜いてきてくれたメビウス様を裏切ってしまうということに。
だから私は今迄で生きた中で1番汚い言葉を使い、汚らわしい豚野郎をなじってやった。
「だれがアナタのような卑怯者に……フニャ○ン、タ○ショウのソ○ロウ野郎のクズになびくものですか、寝言は寝て言えです」
元々、メビウス様の閨を務める目的で側付きになった私はその手の知識は仕込まれていたので絶対に男に言ってはいけないと教えられていた言葉をカイザルのやつにありったけ言ってやった。
その私の叫び声が届いたのかメビウス様の瞳に失われかけた光が戻ると突然大声で笑い始めた。
そして、この日初めてメビウス様は魔力の覚醒を果たしたのだ。
当然、覚醒したことにより無尽蔵の魔力を持つに至ったメビウス様にとってカイザルなど相手にもならず今までの数倍をお礼として返していた。
その後のカイザルは大人しくなり私にもちょっかいを掛けることは無くなった。
私もこの件が切っ掛けとなりメビウス様に愛でて頂ける事が出来、その恩恵を受け膨大な魔力を手にすることとなった。
今では無尽蔵の魔力で世界最強の一角にのし上がり、グラシャス家歴代随一の英傑と謳われるようになったメヴィ様。
でも真に愛すべきは、力が無くても私の事を守ってくれていたあの姿こそなのだ。
そして、目の前にいる女は私と近い立ち位置に居ながらそれに気付けなかった。常に自分が傷付く事の方を恐れメヴィ様が傷つく事を考えなかった。
結果、メヴィ様……前世のタクミ様を裏切り、本来憎むべき相手の手を取ったのだ。
「本当に分からないのですか?」
「なんでよ。私はタッくんのために……」
「きっとタクミ様は貴方のためならどなことでも堪えることが出来たはずです。それこそどんなに酷いことだろう」
「そんな、あの時のタッくんはホントにボロボロで見ていられなかった」
「だから。トドメを刺したと」
「そんなこと……」
「そんなこと無いと思ってるのですか? その時一番大切に思っていた人に裏切られ傷つかない人がいるとお思いですか? それが肉体的より精神的にどれほど辛いか分かりませんか? それでも最後の一線まで堪えていたタクミ様をアナタは……」
「違う、あの時は気が動転していて、暴力を振るうタッくんが怖くなって」
その言葉で思わず女の両足を膝から切り飛ばす。
女は無様に床に転げ落ち這いつくばる形になる。
「言葉に気を付ける様にと……何度言えば分かるのですか?」
直ぐ他者に責任転嫁しようとする女に何度目かの忠告を促し話を続ける。
「アナタはもうその時タクミ様に寄り添うつもりはなかったのでしょう、裏切ったことで側にいることが辛くなったといったところでしょうか? 確かに抗うより、流されたほうが楽ですからね」
「何でも知ったように言わないで、あの時タッくんは私を守ってくれなかった。あの時、私を守ってくれたのは彼だったんだから!」
思わず煩い口ごと首を跳ねたくなったが殺すなんて楽なことはしない。
そしてこの女は今更ながら自分の行いを後悔しているようなので尚更だ。
「アナタは今でも本当にそう思ってるのですか?」
「…………」
「分かっているのでしょう、アナタを本当に心配して守っていたのが誰だったのかを?」
「……ずっと後悔してた。あの時のことをタッくんに酷いことを言ってしまったことを謝りたいとずっと思ってた」
私はその言葉を聞いて『ああ、この女の懺悔はこの程度のものなのか』と心底失望した。
いまこの状況になっても尚、メヴィ様の受けた心の傷の深さを理解していないのだから。
表面だけ取り繕えば赦されると思っている。
謝ったところでもう遅いのに心から謝罪すれば赦してくれると、未だにメヴィ様の優しさに甘えようとしている。
きっとこの女は変わらないだろう、その時誰より自分を甘やかしてくれる男にに流れるだけだ。
それだけなら別に構わない、それはこの女の生き方だから。
でも、この女は知っている、この世界で一番優しい存在を……だから自分から離れようが、突き放そうが、直ぐに忘れてすり寄ってくる。
きっと何度でもその狂った自分本位の執着心で。
「本当に救いようが無いですね」
だから、私はこの女を断罪する必要がある。
きっとメヴィ様は優しすぎて謝罪されればこの女を断罪することが出来ないだろうから。
これからすることは、メヴィ様の意に反したと、お叱りくらいは受けるかもしれない。
だがそれは甘んじて受けよう、この女を放免するリスクを考えればそのようなことなんて安いものだから。
既に四肢を切断され壊れた人形のように転がる女の頭を掴み顔を上げさせる。
「アナタは皆の役に立つのがお望みですよね」
「へっ……うん、そう私は役に立つわ、今度こそタッくんを裏切ったりしないから約束する」
「フフッ、分かりましたそれなら役立ってもらいましょう我が国の為に…………そう言う事で宜しいでしょうかメビウス様」
私はメヴィ様の方に顔を向けると了承を求める。
「ああ、そいつはアリアの好きにするが良い。ハイアット家は勇者と遺恨があるのだろう、好きなようにうさを晴らせ」
すっかりハイアット家側の事情を忘れていた私は苦笑いするとメヴィ様にお礼を述べた。
一番懸念していたのは引き止められる可能性だったがそれも無く、あっさりと私の手に裏切り者である女勇者セリナの生殺与奪の権利が委ねられた。
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