第12話 和解

三人はゆっくりと船に向かって歩を進めていた。ルークがエリの手を引いて歩き、拳銃を手にして船長が二人を監視しながらその後ろに続いている。目隠しをされたままのエリはなんども脚をもつれさせた。ルークはエリの目隠しを外してやろうとするが、船長がそれを許さない。二人がかりでの抵抗を恐れてのことだった。

 ルークはどうにかして船長の気を逸らし隙をつくることは出来ないかと考え、船長に聞いた。

「……他の大人達は、どうしたんだ? 全員一緒に脱出ポッドに乗ったはずだろう」

「死んだよ。俺以外全員な」

 それに反応を示したのはエリだった。

「…………どうして」

「どうして? 馬鹿を言うな。全部お前らがやったことだろうが」

「違う。俺とエリは何もしてない!」

「何もしてないってのは、止めもしなかったってことだ。そういうことだろ。それが免罪符になると思うな」

 船長の声に怒気がこもる。

「お前らがガイ、ミレイ、シンディの三人を殺したんだ。わかるか。お前らが、殺したんだ! お前らが!」

 そして、声を荒げたかと思うと今度は急にそのトーンを下げる。

「……あいつらは、いい奴だった。死ぬ必要なんてなかった。なのに……死んだ。ガイとシンディは負った傷が原因で死んだ。医療ポッドがあればあんな傷で死ぬことはなかったんだ……クソっ!」

 船長は感情にまかせて近くの植物に蹴りを入れた。振動が幹を伝わり、ざわっと葉を揺らした。

「それを目の前で看取ったミレイはおかしくなった。いつまでも恋人の亡骸を抱えながら『ガイ、ガイ……』って。そして最後にはガイの後を追った。三人の死体に囲まれて俺も死ぬんだと思った。けど、俺は生きてる。脱出艇がこの星の重力に掴まって、そしてそこにお前らが来た。……震えたよ。まさかこんなことになるなんて。まさに神の意志だ。あいつらの仇を討てと、そう言っている」

「……何が神の意志だ。なら、お前は神に唆されてエリを襲おうとしたとでも言うつもりか!?」

 ルークは、自分が一方的な被害者であるかのような船長の話しぶりに我慢ならなかった。

「ああだこうだと言ったが、結局は全部船長、あんたに原因があるんだ。あんたがもっと意志の強い男だったらこんなことにはなってない!」

「それはお前がまだ女の体を知らない少年だから言える。一度その味を知ってしまえばそうは言えなくなる。男の性だ」

「人を馬鹿にするのも大概にしろ!」

 ルークは真っ正面から船長に対峙した。

「あんたはそうやって、自分の弱さを正当化しようとしてるだけだ。エリや他の人を言い訳にして」

「弱いのがいけないのか? なら、弱い人間はどうしたらいい!? 一度も間違いを起こさない完璧な人間でなければダメのか!? そうじゃなくちゃいけないのか!?」

「だからこそ助けあうんだ。それが人だろう」

「なら、誰が今の俺を助けてくれる? お前か、エリか!? あのとき、俺が間違いを起こした時、誰が俺を助けてくれた!? …………そうだ。ガイやシンディは助けてくれようとした。間違いを起こした俺を、すぐに見捨てはしなかった」

 気がつけば、銃を構える船長の腕は震えていた。

「けどなっ! もういない……もういないんだあっ! あいつらは死んだ。俺はおまえらと違って……ひとりだ。誰も助けてはくれないんだ……」

 震える銃口はゆっくりと下がっていき地面に向けられる。

 ルークは途端に船長が、母親に置き去りにされて泣きじゃくる子どものように見えた。銃を手にしながら顔を濡らすその姿は酷く無様で、こんな男のせいですべてがおかしくなっとのかと思うと許せなかった。

「……ふざけるな。今更そんなことを言って、責任をなすりつけようとして今度は同情を誘うつもりか!? 誰がお前なんかに」

「ルーク、待って!」

 泣きじゃくる船長に詰め寄ろうとするルークを制したのはエリだった。エリはそう言って、少し躊躇いながらも目隠しを自分で外す。もはや船長はそれを止めるどころか、エリがそうしていることに気づいてすらいなかった。

「エリ?」

「……大丈夫、私に任せて。これは、私がやらなくちゃいけないことだから」

「なにを――」

 ルークは船長に近づこうとするエリを引き留めようとする。が、振り向いたエリの目を見て、伸ばしかけた腕を下ろした。彼女の目は、赤く腫れぼったいものの、その瞳の中にはしっかりと光が見えた。

「船長……」

 エリの呼びかけに、船長の肩が小さく跳ねる。ルークは何かあった時にすぐ動けるようにと備える。

「船長――ううん……ランツさん」

「……!?」

 その名前に船長の顔が上がる。

「俺の、名前……」

「……うん。ランツさん」

 船長――ランツは自分の名前が呼ばれたことに驚いていたが、決して嫌な顔ではなかった。エリはその顔に正面から向き合った。目が合った瞬間に全身が粟立つのを感じたが、それでも彼女は目を逸らしはしなかった。

「私は……ランツさん、あなたに言わなきゃいけないことがある」

「俺、に……?」

「そう。あなたに」

 ランツは涙の軌跡が残った顔を向ける。

 そして、エリは「すぅーっ」と息を吸い込むと、

「このっ…………変態野郎! あんたのせいで私がっ、みんながどれだけ傷ついたのかっ! 不満や不安があるのはみんな同じであんただけじゃないんだあぁぁっ!!」

 吸い込んだ空気を怒声と共に吐き出し、それから右手をランツの左頬に飛ばした。一切の容赦はしなかった。

 バチンとけたましい音が響くと同時に、脱力しきっていたランツはビンタの衝撃を受けとめきれず地面に転がった。その拍子に、彼の握っていた拳銃は放り出された。

 突然のことに、ルークもただ唖然とするしかなかった。

「…………ふぅーっ」

 エリは赤く変色した右手を一瞥すると、ひらひらと手を乾かすように振って全身の緊張を解いた。それから、地面に転がったランツに顔を向ける。

 ランツは軽い脳震盪を起こして、しばらく立ち上がることができなかった。その隙にルークが放り出された拳銃を回収するとその銃口をランツに合わせた。

 揺れていた意識が戻ると、ランツは頬に激しい痛みを感じた。なにが起こったのか理解が遅れたが、エリに頬を張り飛ばされたのだと思い出す。倒れた体を起こそうとして、自分に向けられた銃口に気がつく。

 そして、頬に感じる痛みと共に現実を受け入れ、目を閉じた。

――自分はこれから裁かれるのだ。自らが起こした罪によって。

 しかし、全てを受け入れ諦めたランツに下された判決は、彼の想像したものとは違っていた。

「ランツさん」

 エリの声が聞こえた。

「目を開けてください」

「エリ! 何を!」

 ランツはエリの言葉に従って目を開く。開いた視界には、こちらに向かって手を伸ばすエリとそれを止めようとするルークの姿が映っていた。

「エリ、離れて! こいつは俺が」

「ルーク!」

「!?」

 エリの大声に、思わずルークが怯む。

「……ありがとう。でも、これは私とランツさんの問題だから。最後まで私に任せてくれないかな?」

 口調は穏やかなものだったが、ルークはそれに拒絶の意志を感じ取った。

「……そう、だな。けど……なにか変な動きをしたらそのときは――」

「うん。わかってる」

 エリが何をしようとしているのかはわからないが、ここまで強く主張する彼女を見たのは初めてのことでルークは正直に言って圧倒されていた。そして、それはランツも同じだった。

 自分に向けられたエリの強い目に、思わずランツは息を呑む。

「ランツさん……もう一度、私たちの船長になってくれませんか?」

「なっ……!?」

 エリの口から出た言葉に、男達二人は耳を疑った。

「正気か、エリ!?」

「一体何の冗談を……」

「私は本気で言ってます」

 しかし、エリが発言を翻すことはない。

「もう一度、船長として船に戻る気はありませんか?」

「君は……俺を試しているのか? それとも弄んでいるのか? 俺がその蜘蛛の糸を掴んだところを蹴落として、その様を見て笑おうと?」

 ランツは彼女の言葉を信じなかった。ルークもランツと同じ事を思った。

「私がそんなことをするように見えますか?」

「……見えない。だからこそ、余計に恐ろしい。わざわざ俺を船に招こうだなんて一体何を考えている? それほどまでに俺が憎いのか? …………いや、当然か。自分を襲った相手を許せるはずがない……」

「許します」

「……は?」

「私はランツさんのことを許します。だから、ランツさんも私たちを……私のことを許してはくれませんか? ……ずるい言い方だと思ってます。でもこうするしかないから」

「ちょっと待って! どうしてエリが許してもらう必要があるんだ。ジョージたちのこととエリとは無関係だろ。アレはエリに何も言わずにやったことなんだから」

 エリの言葉の意味が分からず、ルークが言った。

「ルーク、違うの。そうじゃなくって、そもそも私が悪いの。私が確認もせずに部屋に入ったりしたから……」

「だからって! エリが謝ることじゃないだろ。エリが誘ったわけでもないんだから、そんなことは」

「ううん、こうしないとダメなの。じゃないと……耐えられない。誰かにすべての罪を背負わせるくらいなら、私も背負う。誰かのせいにしたままなんて、そんなことできないよ……それに、それが助け合うってことでしょう?」

「エリ……君は本当に俺のことを、許すというのか? 俺は君に対して許されないことをしようとして……」

「いいんです……いや、よくはないけど。でも、いつまでも後ろを向いているわけにはいかないから。これはそのために必要なこと、ですから。だから私は許します。そして、前を向きます」

「君は……強いんだな」

「……弱いですよ。強くなんて、ぜんぜん」

 そう答えたエリは拳を強く握りしめていた。

「……ランツさんは、どうです、私達のこと……私のことを許してはくれますか?」

「俺は……誰かを許すような人間じゃない。起こってしまったことの責を問うなら、それは俺にある。すべては俺の精神的未熟さに始まったことだ……」

 ランツはそこまで言うと、エリとルークの二人の顔を見た。

「だけど……それでも罪の意識が消えないと言うなら、俺は許す。エリを、ジョージたちを俺は許す」

「ランツさん……ありがとうございます。それと、あの……ごめんなさいっ! さっきはあんな事を言って、ビンタをしたりして……わたし」

「いや、いいんだ」

 ランツは赤く腫れた頬をさすりながら小さく笑う。

「むしろ足りないくらいだ。気の済むまで、もっと殴ってくれて構わない。あの程度で済むとは思っていないし、それで代わりになるとも思ってない。それに、おかげで目が覚めた気がした。俺の方が感謝したいくらいだ」

「ええ……ビンタされて喜ぶなんて……」

「ち、違うぞ? 俺は喜んでいるんじゃなくって――」

「ふふ。わかってます」

 エリとランツの間には穏やかな空気が流れ始めていた。以前と全く同じようにとはいかないが、それでも決して険悪な空気ではなかった。

「――俺は! それでも反対だ!」

 しかし、ルークは違った。

「エリは男を分かってない。今はそんなことを言っていても、そいつはすぐにまた本性を現す。俺にはわかる」

 ルークはランツに向けた銃口を外そうとはしなかった。

「エリ、ほだされるな。一度欲に負けた人間が、そんな簡単に欲に打ち勝てると思うか。口ではなんとでも言える。どうせ根は変わってないんだ」

「ルーク……」

 エリは悲しげな表情をルークに向ける。

「そうだとして、周りがそれを信じられなかったらそれこそ本当に変われなくなる。人は変われるって、私、思う。ううん、そうだと信じたい」

「それで辛い目にあってもいいって?」

「それは嫌。……でも、最初から無理だって見放してしまうのはもっと嫌。だからルーク、信じて。私のことを、信じて……っ!」

「…………」

 ランツに向けられた銃口が揺れた。そして、

「わかった」

 とルークは銃を下ろした。

「ありがとう、ルーク」

「……いや、エリがいいならそれでいいんだ」

「――ルーク……ありがとう」

 ルークの意志が固まったのを見ると、ランツが感謝の言葉を掛けた。

「あんたじゃなくてエリを信じるんだ」

「ああ、わかってる」

 そう言ってルークはランツをひと睨みすると銃を腰のホルスターに戻した。

「それじゃあっ――」

 ルークとランツ、二人の間に漂う微妙な空気感を吹き飛ばすようにエリが少し大きな声を出す。

「――あらためて。ランツ船長。これから、またよろしくお願いします!」

「あ、ああ。今度こそは船長……いや、まずは年長者として。死んでいった仲間たちへの贖罪として、正しい行いをしていく。だから、それを見ていてくれ」

「はい。私達で見ていますから」

 ルークは言葉なく静かに頷いた。

「――よし。それじゃあ、今度こそ船に戻りましょうか」

 それから、今度は三人揃って船への歩みを再開した。 

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