第11話 再会

「――ねえ。何か聞こえない?」

「ん?」

 ルークの後ろに続いていたエリがそう言って脚を止めた。彼女は耳を澄ませる。

「……ほら、やっぱり聞こえるよ!」

 彼女はそう言うが、ルークには依然として頭上からの葉擦れと自分たちの足音しか聞こえてこなかった。

「気のせいじゃ?」

 一度も休みを挟まずに歩き続けて疲れたんだろう、と言うとエリは小さく頬を膨らませる。

「幻聴なんかじゃないよ。ちゃんと聞こえたんだから。ほらこっち!」

 それからエリは自分の耳にしたものが間違いでないことを証明しようと、音の聞こえた方へ進み始めた。引き留めようとしたがムキになったエリは「いいから、こっち!」と聞く耳を持たなかった。彼女をひとりで行かせるわけにもいかずルークはその後を追った。

「――本当に聞こえたの? 何の音が聞こえた?」

「聞こえた。少しは私を信じてみてよ。もう近いと思うから」

 エリは迷い無く進んで行く。ルークは半信半疑だったが、少しと進むうちに彼の耳にも葉擦れと足音以外の音が聞こえてきた。

「これは……水の音!」

「正解」

 エリは振り返りそう言った。

 そこから少し進んだところに彼らは水の溜まりを見た。緑の中にぽっかりと洞窟状の穴が広がっており、そこに広がる水を求めるように樹々が根を伸ばしていた。

「……飲める、のかな?」

 水際に立ったエリが水面の覗き込むようにする。水面には周囲の樹々から落ちた葉などが浮かんでおり、綺麗とは言い難い。

「どうだろう。調べてみないことには」

 ルークは水質調査キットを取り出し水辺に近づく。しゃがみ込んで少量の水をすくい取り、それを検査キットにかける。そして結果がでるのを少し待つ。

「よし…………あ?」

 ルークは検査の結果に声を上げた。目の前の水から毒性が検出された。とうてい人間が飲み水として使えるものではなかったのだ。

「こんな、でも……」

 その毒性の水溜まりには植物の根が浸かっている。その根が続く先を見るが、毒性の水を吸いながらも正常に生える樹々の姿があった。

 それから検査の結果を伝えようと横を向くが、いつのまにかエリはそこにいなくなっていた。どこにいったのか、立ち上がろうとしたルークの背を衝撃が襲った。

「うわっ!?」

 水溜まりに落ちそうになるも、寸前で生え出る根っこを掴むことでなんとか落水を回避した。水面上わずか数センチで身体を浮かせたルークは、根を掴む腕に力を入れて少しずつ身体を引き上げていく。

 どうにかして体勢を戻したルークは周囲に目を走らせる。

「……エリ?」

 もし彼女が冗談で突き飛ばしたのなら説教をかましてやろうとルークは思っていたが、しかし、エリの姿はどこにも見当たらなかった。

 ルークの頭に予期していた不安がよぎる。

「この星の生き物がエリを!?」

 未だその姿を見てはいないが、酸素があり水もあるのだから地球と同様に生物が息づいていると考えるのが当然のこと。ルークは着陸直後こそ警戒していたもの、ここにきて油断していた。

「エリーーーー!!」

 ルークは大声で彼女の名を叫んだ。ルークの心配は杞憂で、ただ少し散歩をしているだけならその声を聞いて何かアクションを起こしてくれるだろうと思ってのことだった。

 しかし、彼女からの応答はなかった。

 ルークは焦った。

 何かエリの行方を知る手立てとなる痕跡が残されていないかと目を走らせるが、焦燥が彼を駆り立て時間だけが無意に過ぎていく。

「どうすれば…………あっ、そうか」

 そこでルークは無線機の存在に気がついた。無線機には通信機能の他に簡易的なGPSの機能が備わっている。ルークはそれを使用してエリの大まかな位置を把握することに成功した。

「まだそんなに遠くない……」

 ルークは鞄のサイドバックに忍ばせていた拳銃を抜き、それを腰のホルダーに移し替えると走り出した。最中、エリの所在を細かに確認する。動いてはいるが、その速度は遅い。

 少しの追跡の後、ルークはついにエリの姿を捕らえた。

「……!?」

 ルークは目の前の光景に思わず脚を止めた。

 エリを連れ去ったのは未知の生物ではなく、宇宙服で身を包んだ人間だった。後ろから追いかけてきたルークに気づいたのか、その人も脚を止めルークの方を振り返る。宇宙服の小脇には、目隠しをされたエリが抱えられていた。

 腰の拳銃をいつでも抜けるようにかまえながら、ルークは尋ねた。

「誰、ですか……?」

 宇宙服のヘルメットは光を反射して、その内の顔は窺えない。

「何か行き違いがあるのかもしれません。僕たちは、あなたと同じ地球を出た人間です」

「…………」

「同じ人間同士、助け合いましょう。僕たちの船は蓄えに余裕があるので」

「……他の船員は?」

「え?」

 くぐもった声が答える。声色からそれが男のものだとわかった。

「他の船員達は、どうしたんだ?」

「……いません。俺たち二人だけです」

「どうしてだ? 船の中で待機してるのか?」

 ルークはその声に、態度に違和感を覚えたが、相手の素性や目的が不明な以上ヘタに刺激するようなことは避けたかった。

「いえ……僕たちは二人だけでこの星に来ました。仲間は、いません」

 それを聞くと、宇宙服は突然声を上げて笑い始めた。

 囚われたままのエリは体を硬直させ、ルークはギョッとして身構える。

「ハハハ、ハハハハハッ! ハ、ハハ、ハハぁ……ああ、ははあ、そうか。そうか、そうか!? あいつらは全員死んだのか!? それは残念だ!」

 狂った笑い声を噛み殺せないままに男が言う。

「あいつらは死んで、俺は生きてる。人生ってぇのはなってみないとわからないもんだなぁ!?」

 再び笑い声が響いた。エリとルークは男の行動に理解が及ばなかった。

「なんだ、まだわからないのか?」

 男は面白いものを見たとせせら笑い、空いた方の手をヘルメットに伸ばし、自ら素顔を明かした。ルークはその男の正体を見て言葉を失った。開いた口がふさがらなかった。

「言葉にならないほど嬉しいか、そうか。俺ももう一度会えて嬉しいよ、ルーク……エリ」

 男は口の端を上げて脇に抱えるエリに目をやる。エリは自分に向けられた不快で肉欲に充ちたその気配から、姿は見ずとも男が誰であるのか気づいた。と、同時に全身が恐怖に震えて一切の身動きが取れなくなってしまった。

「へっ、最初からそう大人しくしてればいいんだ。そしたらもっと良い未来が待ってたはずだ」

「…………船長」

 衝撃から立ち直ったルークが男のかつての呼称を口にする。

「うれしいね。まだ俺をそう呼んでくれるか。で、船はどこだ? やっぱ船には船長がいないとなぁ」

「黙れ……!」

 構わずルークは腰の拳銃を抜いて、船長に銃口を合わせる。しかし、船長はそれを見てもにやにやとした笑みを顔に貼り付けていた。

「さっきと言ってることが違うな。同じ人間同士、助け合いが必要なんだろ?」

「うるさい!」

 ルークは引き金に指をかける。

「エリを放して、両手を頭の後に組んで地面に膝を突け! 早く!」

 銃口を向けたまま顎で示す。が、以前として船長は余裕の笑みを見せている。

「さっさとしろ。本当に撃つぞ!」

 ルークは苛立ちを隠さずに叫んだ。

 焦りと怒りで歪んでいく彼の表情を船長は楽しんでいた。

「撃てよ。ほら」

 脇に抱えていたエリを、船長は自分の体の前に突き出す。それでルークの脅しは意味を成さなくなる。ルークの腕では、エリを盾に隠れる船長だけを狙って撃つことは不可能に近い。船長はそのことを理解していた。

「くっ……」

「撃たないのか? 撃てないよな、お前には」

「……エリっ! 抵抗するんだ! すこしでも隙ができれば――」

「……!」

 意識を失ってしまったかのように固まっていたエリは、ルークのその言葉を聞いて体に力を入れんとする。だが、それを許す船長ではなかった。暴れだそうとするエリの胸を船長の片手が鷲掴みにした。

「……ああっ!?」

 エリの口から悲鳴が洩れる。彼女は肢体の内から湧き上がる恐怖に心臓を鷲掴みにされてしまった。

「ああ、たまらねえ……」

「やめろぉぉ!」

――パアァンッ。

 銃声が鳴りひびいた。そして、一瞬の静寂のあと、

「……エリを、放せ」

 空に向かって拳銃を構えたままの姿勢でルークは言った。船長の顔から笑みは消えていた。

「なら、お前が先に銃を置け」

 エリを盾にしたまま船長が言う。

「足元に銃を置いてこっちに蹴り飛ばせ。そしたらエリを放してやる」

「……本当だな?」

「ああ」

 囚われたままのエリを見やる。目隠しの下、彼女の目元が濡れているのが見てとれた。

「……わかった」

 ルークは考えた末、エリの身を優先した。目の前の男の目的は未だ分からないが、このままではエリがもたないと思った。それに銃を持っていたところで人に向かって撃てないのなら、それは脅しの道具にたり得ない。

 言われた通り足元に拳銃を置き、それを船長の方へと蹴飛ばす。音を立てて拳銃は船長の目の前へと転がった。

「さあ、エリを放せ!」

 船長が拳銃を拾い上げる。グリップを握り手の中でその重さを確かめると、銃口をルークに向けた。

「よし。それじゃあ船に行こうか」

「なっ……!?」

「どうした、ルーク」

「何を! エリを放す約束だろう!」

「ああ。ほら、これでいいだろう?」

 船長はそう言ってルークとの間にエリを立たせ、二人を銃口の一直線上に置いた。それからエリを突き飛ばし、ルークが彼女の体を支えた。

「っ……」

 二人の体が触れた瞬間、ルークは彼女の体がすくみ上がるのを感じた。

「そんなに心配ならお前が連れて行けばいい」

 銃を突きつけながら船長が近づいてくる。ルークにはそれに逆らう手立てはもう何もなかった。言われるがまま、エリを連れて歩き出す。その後ろに船長が続いた。

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