第8話 光条
ジョージの遺体を宇宙に弔い、それから部屋に戻ったルークは船の設備についての膨大なマニュアルを読み進めていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。問題の渦中にいなくともその余波は受けていたらしく、彼自身気づかぬうちに精神を摩耗していた。
彼の眠りを妨げたのは部屋に鳴りひびいた機械音だった。けたたましいその音に、のそりとルークは身体を起こした。
「……一体どうしたってんだ……?」
通常、船員の睡眠時間確保の観点から就寝中は自動で外部からの通信は遮断されるはずにも関わらず、その音は鳴りひびいた。何か非常事態が発生したのかと身構えそうになるが、どうも違うらしい。
「都合の悪いことではなさそうだけど、これは一体……」
『船員の皆様はメインコンソール室までお越し下さい』
ルークの呟きに反応したのかと思えるタイミングで、機械音声がそう告げた。
指示された通りメインコンソール室へ向かうと、そこには先客がいた。ルークと同様、知らせを受けて集まったエリだった。彼女は入室してきたルークを見ると顔を強張らせ、素早く距離を取って身を庇う素振りを見せる。
――これでも多少はマシになった方だが……それほどまでにあの一件はエリの中に根を伸ばしているらしい。
以前は顔を合わせただけで、言葉すら交わすこともままならなかった。だが、あれから多少の時間が経ったせいか――それとも単純にこの船から男がことごとく消えたおかげか――、警戒はされるものの言葉を交わす程度なら出来るようになっていた。
「……エリ。何があったのか分かるか?」
ルークの問いに「……う、ううん」とエリは首を横に振った。彼女もほんの少し前に着いたばかりでまだ状況を確認できていないらしい。ルークは自分の目で何が起こったのかを確かめることにした。
メインコンソールを操作し、一体なにが彼の眠りを妨げたのかを確認する。マニュアルを読み込んだかいもあり、原因が判明するのにそう時間はかからなかった。
「これは……!?」
モニターに表示された事実にルークは声を洩らした。
「な、なにがあったの……?」
彼の常ならざる反応に、エリは「早く教えて」と言わんばかりに、ほんの少し身を寄せる。それでもまだ二人の距離には確たるものがあった。
「これを見てくれ」
ルークはそう言って、メインモニターいっぱいに情報を展開した。
「これって……惑星?」
「ああ、そうだ。それもただの惑星じゃない。極めて生命体の存在可能性が高い惑星だ! この映像を見てくれ。船外に取り付けられた超望遠カメラが写したものだ」
「……この緑色って、もしかして植物?」
ルークが表示した映像の中には、緑で染められた星の姿が写されていた。
「おそらく。そして緑があるってことは水があり、酸素がある可能性も高い」
「……嘘、それって……じゃあ」
「ああ。地球に代わって人が居住可能な惑星かもしれない」
「まさか、本当に……」
そう呟いたかと思うと、エリはその場にぺたりと座り込んでしまった。
「え、エリ?」
突然どうしたのかと、ルークは彼女の傍に寄ろうとしてその足を止めた。今、エリに近づくということは余計に彼女を取り乱させるだけだと思い出したからだ。
「ほんとに、本当にあったんだ……」
ルークは、床に座り込んで声を震わせるエリを離れた距離から見守ることしかできない。
「私達の行き場なんて、本当はどこにもないんだと思ってた……このまま船の中で、あるはずもしない新天地をさがして一生を終えるんだと思ってた……でも、あったんだ。本当にあったんだ」
ルークに見守られながら、エリは声だけでなく肩をも震わせはじめる。
「もうすこし……もうすこし早ければ、そうしたら皆と一緒にいられたのに……あのとき、私のせいで……」
「エリ……」
その後も、彼女は起こってしまった事への悔恨と、それが原因となって命を落とした仲間達への懺悔の言葉を繰り返していた。ルークはそれを、掛ける言葉もなくただ見守ることしか出来なかった。今、何を言おうと彼女の心を晴らせるとは思えなかった。
「……落ち着いたか?」
それから、ようやく彼女が落ち着いたのを見るとルークは掛けた。
「……うん。ごめんなさい……」
エリは目の周りを赤くしながらも、そう言ってゆっくりと立ち上がった。
「ひとまずは、あの惑星の詳しい環境を調べるために一度着陸するのがいいと思う? どうかな?」
「……うん。私もそれがいいと思う」
「そうか。じゃあ早速着陸の準備を進めよう」
そう言って、ルークは惑星探査に向けての準備を始めた。端末に向き直り、せわしなく手を動かしている。
「……」
「……」
エリは少しの間、その場に留まってルークの作業の様子を見守っていた。が、ただその場に経って様子を見ているだけではいてもたってもいられなくなり、
「……私になにかできることはある?」
と尋ねた。ルークは手を止め、考える素振りをする。
「……う、うーん……」
そして悩みに悩んだ末、
「じ、じゃあ……惑星に降り立ったとき、すぐに活動できるよう身体を慣らしておいてくれないか。未知の惑星だし、何があるかわからないからさ」
と答えた。
「う、わかった」
エリにはそれが彼なりの配慮であることに気づいた。けれど、それ以上何かを言うことはなく素直にそれを受け入れた。
「じゃあそういうことで」
エリが出て行くと、ルークは再び作業に戻る。が、彼の頭のなかは先程のエリに関することでいっぱいだった。
居住の可能性が高い惑星が見つかったと知った時から、エリの様子がこれまでとは違った気がした。あの日以来ずっと暗い表情のままだったエリが、心なしか明るい表情を見せた気がしたのだ。まだ笑顔を見せることはなかったが、それでも大きな変化だと言えた。
これまで明確な目的地もなく、ただ漠然と宇宙を漂っていただけで気が沈む一方だったが、ここにきてようやく希望の光条が見えた気がした。
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