第7話 事後

「…………ージ……ジョ……ジョージ!」

 声が聞こえてきた。

「おい、ジョージ! どうして撃ったんだ!? 脅しに使うだけと言ってただろ! 話が違うじゃないか!」

 いつの間にかに眠ってしまったらしかった。あれからどれくらいの時間が経ったのか。現在の時刻を確認しようとして、端末を取り上げられたことを思い出す。

「ジョージ! おい、ジョージ!」

「……うるせえ! 仕方なかっただろあの状況じゃ! 撃たなきゃ失敗してた」

「だからって……」

 耳に届く怒鳴り声にルークの意識は覚醒していく。眠気がこびりついて重たい瞼を何度もしばたかせると、ようやく視界も明瞭になってきた。顔を上げ、室内を見渡すと、険しい顔で互いに怒鳴り合うジョージとユアンの姿が目に入る。彼らの手には拳銃が握られていた。よく見ると、彼らの手は赤く濡れていた。

「別にいいだろ。途中に色々あったけど結果は変わってない。これでもうこの船は俺達のものだ」

 しかし、ドニの姿は部屋のどこにも見当たらなかった。

「……ドニは、どうしたんだ?」

 ルークがそう尋ねると、そこで初めて彼らはルークの存在を意識したようだった。

「ドニは……今は治療ポッドで傷の手当てをしてる」

「怪我をしたのか……」

「そうだよ。あいつのせいでこうなったんだ。あいつが馬鹿な真似をするから、こんな……」

「ジョージ、それはないだろ! ドニの不安を煽って、たきつけたのはお前だろ」

「俺は別に強制してないだろ。あいつが決めたんだ。本当に嫌だったら、こいつみたいにイスに座ったまま待ってればよかったんだ」

 そう言ってジョージはルークの座る椅子の足を軽く蹴る。

「それより、エリたちにこのことを伝えに行くぞ。この船はもう俺達全員のものだってな」

「ちょっと待ってくれ」

 ルークはがそう呼び止めると、二人が振り返る。

「いい加減これを解いてくれよ。もう俺を縛り付けておく必要はないだろ」

「ああ、そうだったな」

 それからルークの拘束は解かれた。

「よし、じゃあ行くぞ」

 そうして三人はエリ達がいる部屋へ向かった。

 部屋の中にはエリを含む女子の全員が揃っていた。彼女達は皆、エリを囲むようにして彼女の周りに壁を形成していた。

「皆、聞いてくれ」

 ジョージは意気揚々と彼女達に向かって話しかける。

「船長は……いや、この船に乗っていた大人達は全員いなくなった。今からこの船は俺達のものだ。もう恐れる必要はない!」

「え、え?」

「大人たちがいなくなったって、どういう?」

 女子達は突然の宣言に困惑を示した。何が起こっているのか飲み込めず、互いに顔を見合わせている。

「俺達が追放した。船長の凶行が起きたことで大人たちはもはや信頼できる存在ではないと確信した。だから次の被害が起きる前に排除した」

「排除って……そんな」

「いくらなんでもそれは……」

 彼女達の反応は決して好意的なものではなかった。

「不安に思うのもわかる。けど、これは必要なことだったんだ。これからのことを考えると、船長たち大人は船に置いておくわけにはいかなかった。わかってくれ」

 ジョージは自らの正当性を訴えるが、彼女達は変わらず不安げな表情を見せた。ジョージは小さく舌打ちをすると、彼女達の後ろにいるであろうエリへと声を向けた。

「――エリ、エリ!」

「……」

 しかし、返事はない。

「どいてくれ。俺はエリに話がある」

「ちょ、ちょっと! 今はまだ……」

 彼女達の制止を振り切り、ジョージはエリに近づいた。エリは部屋の隅に身体を小さくしてうずくまっていた。

「エリ、俺だ。ジョージだ。もう怯える必要はない。船長はいなくなった。もうこの船に危険はない、安全なんだ」

「あん、ぜん……?」

「ああそうだ。だから……」

 ジョージが更に距離を詰めようとして、そこで彼の足は止まった。

「え、エリ……?」 

 顔を上げたエリの目に浮かんでいたのは、目の前の男に抱いた恐怖の色だった。

「俺だ、ジョージだ。だからそんなに警戒する必要は……」

「嫌……嫌嫌嫌っ! 来ないで、近づかないでっ!!」

 それ以上ジョージが近づこうとすると、エリは叫び声を上げてジョージを拒絶した。

「ど、どうして……?」

「嫌、止めて……っ! お願い……お願いします……」

「エリ……」

 ジョージは彼女の反応に大きなショックを受けた。

「そんな……船長はもういないのに……」

 ゆっくりとジョージはエリから離れていく。

「エリはどうなってしまったんだ……」

「だから今は止めたほうがいいって……」

 ミサキはそう言うと、再びエリと周りを阻む壁を形成した。

「なあ、エリはいったい」

「私にもわからない。ただ、今はそっとしておいた方がいいと思う」

「そんなことよりジョージ……これからどうするつもり?」

 しばらく黙っていたソフィアが口を開いた。

「どうするって……俺達でこれまで通りやっていくだけだ……」

「これまで通りって、あんたは今までどおりにやっていけると思ってるの?」

「……どういう意味だよ?」

 ソフィアの攻撃的な口調につられ、ジョージもいつもの調子を取り戻した。

「これまでは船長をはじめとした大人たちが船を運営していた。けど、あんたたちが大人を全員追い出してしまった。じゃあ、だれがその役割を担うの?」

「俺達全員でやればいいだろ」

「できると思ってるの?」

「ああ」

「呆れた……あんた本当になにも考えてないのね」

 ソフィアが肩を竦める。

「……どういう意味だ?」

「だってそうでしょ? 大人たちがいなくなった今、指示を出す人間がいない。それに、機械の扱い方を細かく知ってる人間もいない。ジョージ、あんた、いざというときの対処の仕方は頭に入っているの?」

「……ここに大人たちの使っていた端末がある。この中にマニュアルが入ってるだろうから、それを見ればいい話だろ」

「いちいちそんなのを探して見てたんじゃ間に合わないでしょ。分かる? あんたたちの勝手な行動のせいで、私達全員が危機的状況に陥ったの。どうしてくれんの?」

 ソフィアがジョージに詰め寄る。

「それは……俺達全員が協力しあえば……」

「どうやってあんたのことを信頼して協力しろっていうのよ……感情に、暴力に訴えて行動するあんたのことを。どうせ船長達を追い出したのだって、色々言ってたけど、結局はエリの気を惹きたかったからでしょう」

「なっ、俺は別に……」

「けど、残念だったわね。エリはあんな状況で、あんたのことなんて眼中になり。ジョージ、あんたがやったことは無駄だったのよ」

 そう言われてジョージは顔を俯かせた。ソフィアの言葉を全て真に受けたわけではない。だが、彼女の言葉にも筋があり、なによりエリに二度目の拒絶されたという事実がジョージに重たくのしかかっていた。

「……とにかく、今はあまりエリに近づかないようにしてあげて。今はショックから立ち直れていないだけで、時間が経てば元に戻るかもしれないから」

 重くなった空気を変えようとミサキがそう言うと、「ああ……」とジョージをはじめとした男子たちは大人しく部屋を出た。

「どうしてエリは、俺を……」

 部屋を出てからも、ジョージはなかなか立ち直れずにいるようだった。あまりの気落ちのほどに、ルークもユアンもジョージに掛ける言葉がなかった。



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 ソフィアが指摘したことは現実になった。

 大人という指揮系統を失った彼らの船の内部は混沌と化していた。

 最初に犠牲になったのは医療ポッドに入っていたドニだった。

 医療ポッドで応急処置を施して一命を取り留めたまでは良かったが、その後の処置に問題があった。船の中に残っていた子供たちの中で医療に関する十分な知識を備えた者はおらず、ポッドでの処置だけで十分だと誤認していた。結果、ドニは体内に残った銃弾が原因となり、やがて息を引き取った。ポッドを使うにも、適切な指示を出す人間が不可欠だった。

 カウンセラーであり、医療に関する知識も十分にあったミレイがいればこんなことにはならなかったと彼らは悔やんだが、この広い宇宙の中から追放された彼女の乗る脱出艇を探すことなど出来るわけがなかった。

 そして、ジョージとユアンの間で諍いが発生した。以前であればすぐさま大人たちが駆けつけ、それを調停していたが、彼らがいなくなった今それを収められるものはいなかった。結果、ジョージとユアンは袂を分かった。ルークはそのどちらに味方するでもなく中立を保ち、どちらかが行き過ぎるのを防ごうとした。

 問題が生じたのは男子の間だけではなかった。

 いつまで経っても暗い表情をしているエリに対して、当初は同情の態度を見せていたソフィアもいい加減にしろと突っかかった。

「エリ、あんたいつまでそうしているつもり? そうやって悲劇のヒロインぶって、そこまでして男の注目を集めたいわけ?」

 ソフィアのその言葉に反応を示したのはエリではなく、その傍にいたミサキだった。

「ソフィア! あんたはまたそうやって! エリの身にもなってみなよ」

「ふん。誰彼構わずいい顔してるから、その罰が当たったのよ。私からすればいい気味ね」

「ソフィア!!」

 それ以降、ソフィアは以前にも増してエリのことを敵視するようになった。そして、エリと彼女を取り巻く者を疎ましく思い、彼女は密かにユアンと繋がった。そうして、船内は2つの勢力に別れることとなった。

 エリと彼女を擁護するジョージたちを疎ましく思う、ユアン・ソフィア派。

 エリを擁護し、自らの行いを正当化しようとするジョージ派。

 彼らは、次第にどちらが船全体の支配権を得るかで争いを始めるようになった。互いが互いを警戒しあい、日々精神をすり減らしながら狭い空間の中で争いあう。そんなことがいつまでも続くわけがなかった。

 精神的に消耗した彼らは急速に健康に問題をきたしはじめ、ひとりまたひとりと病に倒れていった。誰にもどうすることはできなかった。見えない敵に怯え、自ら命を絶つ者もいた。

 そしてつい先日、ジョージが病に倒れたことでとうとう船に残るのはルークとエリの二人だけとなった。

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