第2話 食堂にて

 ルークの乗る宇宙船は、乗員十二人分の個室と食堂、トレーニングルーム、その他船の運航に関わる機械の置かれた部屋がいくつか設けられた移民船だった。人類の活動によって急速に環境が変化した地球はもはや人間の居住地としての限界をむかえつつあり、ルークたちは第二の地球となる星を探すために派遣された調査団の一派であった。

 長期の旅になることが予想されるために乗組員の大半はまだ青年に達していない子どもが占めており、彼らを教え導くために四人の大人たちが乗船している。

 まだ理性を抑えこむ術を身につけない子どもたちが小さな衝突を起こすことは度々見られたが、地球を発ってからはや半年、これまで致命的な問題は起きていなかった。

 地球と比べて娯楽の限られる宇宙船の中、ルークは暇さえあれば個人端末に保存されている本を読むようにしていた。

「…………ん?」

 その日もルークは個室の中で本を読んでいると、来客を告げる音を聞いて顔を上げた。ドアの外に誰かが来ているらしい。ルークはそれが誰であるか確認もせず、応対のために通信を起動させた。

「どうしたんだ、エリ」

「あ、ルーク!」

 彼女の明るい声が通信越しに応えた。

「今みんなでご飯食べてるから一緒に行こう!」

「……いいよ、俺は。あとで食べるから」

「ええ~!? せっかく皆集まってるんだからもったいないよ」

「もったいないって……もう半年も同じ船に乗ってるだろ」

 ルークは決して他の乗員が嫌いではなかったが、少し肌が合わないとは感じていた。だからこそ無理に関わりを持って嫌いになるより、接触を最低限にすることで適切な距離感を維持しようと考えていた。しかし、エリは違うようだった。

「だからこそ、だよ。一緒に暮らしていくんだから、皆のことをちゃんと知っておかないと。こういうことは時間が経つほど難しくなっちゃうから早いうちに、ね」

「……」

 エリも無理矢理にルークを部屋から引っ張りだそうとしている訳ではなかった。ルークの考えを理解しながら、あえて彼を他の船員たちと交流させようとしていた。

「……分かった」

「本当!? じゃっ、行こう!」

 最終的にルークが折れると、エリは喜びの声を上げた。

 端末を置き、扉を開けて部屋の外に出ると、扉の前で待っていたエリがルークの腕をつかんだ。

「ほら、早く! ゆっくりしてたら食べ終わっちゃうよ」

「わっ、引っ張るなって。大丈夫、急ぐから」

「そう?」

 そう言うと、エリはあっさりとルークの腕を放した。

 食堂に着くと、エリの言ったとおり、そこにはこの宇宙船に乗る船員の全員が揃っていた。彼らは全員が同じ卓についているわけではなく、大人、女子、男子と大きく分けて三つのグループで卓を囲んでいた。

「エリ、おそーい! もう食べ始めちゃってるよ」

 食堂の入り口に立つエリを見ると、女子グループの一人が彼女を呼んだ。

「ごめーん、今戻るから……じゃあルーク、ちゃんと皆で話してね」

 そう言うと、エリは彼女が元いた席へと戻っていった。

 入り口に一人残される形になったルークは、そのまま部屋に戻ってしまうのも余計に面倒だからと、おとなしくエリの口車に乗ってやることにした。

 料理台に置かれた複数のパッケージの中から適当な1つを手に取り、書かれた手順通りに調理を行う。調理といっても火を使うことは出来ないため、せいぜい熱湯をかける程度。すぐに完成するとそれをトレーに乗せ、男子グループが囲む卓の適当な席に腰を下ろした。

「――いつもは来ないくせに、エリに誘われたら来るんだな」

 と、すぐに声がかかった。話しかけてきたのは、少し離れた席に座るジョージだった。

「いいか、勘違いするなよ? エリはお前のことなんか、なんとも思ってないからな。いっつも一人で根暗なお前が可哀想だからって、仕方なく構ってやってるんだ。いい気になるなよ!」

「……そうだな。エリは優しいよ」

「ふんっ、どうだか」

 ジョージはそれだけ言うと、荒々しい動作でトレーを持って席を立った。それからジョージが食堂を出て行くと、再びルークに声がかけられた。

「……あんまり気にするなよ、ルーク」

 ユアンだった。

「あいつ、嫉妬してるんだよ。自分がエリに相手されないからってさ。あいつの方こそ可哀想なやつだよな」

「そうかな」

「そうだよ。なんでも、この前にエリに告白したらしくてさ」

「……へえ」

 ルークはそれを聞いて驚いた。

「それは、まあ、なんとも」

「おっ、やっぱり気になるか?」

「いや……俺は別に」

「えっ、そうなんですか!?」

 二人の会話に、もう一人の男子が興奮気味に割って入った。

「なんだ、ドニ。お前もエリを狙ってるのか?」

「ち、違いますよ! 僕はただどうなったのか気になって……それで、どうなったんですか? エリさんはOKを出したんですか?」

 ドニは話の続きを聞きたくて仕方がないようで、机の上に身を乗り出している。ルークも食事をスプーンで口に運びながら、耳はしっかりと会話の内容に向けていた。

「それは、まあ……俺の口から直接はあえて言わないが……さっきのジョージの様子を見れば、まあそういうことだ」

「ああ~……ですよね」

 ドニは聞く前からそうだろうと、感づいていたようだった。ルークは何も言わず、黙々と食事を進めた。今ここで何かを言って、後々それがジョージの耳に入ることほど面倒なことはないように思えた。

「けど、こんなに早く告白するなんてジョージも度胸がありますね。もしダメだったら、なんて後のことは考えなかったんですかね?」

「いや、きっと考えてのことだろ」

「と、言うと?」

「あいつだってまだ脈がないことくらい分かってたはずだ。それでも、あえて告白して自分の気持ちを伝えることで有利な立場に立とうとしてるんだ」

 ユアンはそう言うと、ルークに視線を向けた。ルークはそれに気づいていないふりをして、黙って食事を続けた。

「それってどうなんですか?」

 ドニは、ユアンの言うことがイマイチ府に落ちないようだった。ユアンはドニに顔を向け直し、

「じゃあ、もしミサキがお前のことを好きだと言ってきたらどう思う?」

 今度は女子グループが座る卓へと目を向けた。

「えっ、それは……悪い気はしませんけど」

 ドニも女子グループへ視線をやると、少し恥ずかしそうにそう言った。

「だろ? しかも、お前がそれに対してどう返事をしようと、その後もミサキがお前のことを好きだってことは印象に残る。すると、最初は何とも想ってなくてもだんだんとミサキのことが気になり始めるってわけ」

「た、たしかに……」

「あ、例え話だからな。ミサキがお前のことをどう想ってるかなんて俺は知らないぞ」

 ユアンの言葉に、ドニは「わ、わかってますよ!」と少し頬を赤らめながら言い返した。

 二人の会話が終わる頃には、ルークのトレーが空になっていた。コップに注いだお茶を飲み干してさっさと席を立とうと思っていると、二人の関心の矛先はルークに向かい始めていた。

「――で、ルークはやっぱりエリさんなんですか?」

「え?」

 トレーを手に立ち上がろうとした姿勢のままルークは固まった。

「だって、ジョージが言ってたからじゃないんですけど、さっきもエリさんと一緒に来たし」

「俺は別に」

「でも、わかりますよ。エリさん、綺麗ですもんね。僕もあの綺麗な髪にはつい視線を持ってかれちゃいます」

「お、なんだドニ。その自分は他の女子を狙ってるみたいな言い方は。誰だ、お前は誰を狙ってるんだ!?」

「ちょっと、やめてくださいよ。女子たちに聞かれでもしたらどうするんですか」

「大丈夫だって。こんだけテーブルが離れてれば聞こえやしないさ」

「そういうことじゃないですって!」

 ルークは彼らの興味が自分から離れたのをみると、さっさとテーブルを離れる。

 彼らの話題はもっぱら同じ船に乗る女子たちについてだった。宇宙船の中には満足な娯楽がなく、毎日のように異性と距離を近くして生活を送っていればそうしたことに興味を抱くことは普通であり、ルークとて感心が全く無いではなかったが、他人とそうした話題で盛り上がるのは苦手だった。それが、ルークの今の立場を生み出す一因でもあった。

 ルークは直接自分が会話に加わってはいなかったものの、他の誰かに聞かれてはいないかと周りに目を向ける。幸い、ルークのいる男子グループの周りに女子はおらず、女子は女子でまた別に何やら盛り上がっているようだった。

 ホッと胸を撫で下ろし食堂を出ようとすると、食堂の中央付近に位置取っていた大人のグループの一人と目が合った。相手がルークを見て微笑むのを見ると、ルークは気まずげに視線を外すと、今度こそ食堂を後にした。

 


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