第66話 目覚め

 ふと、夏樹は目が覚めた。


 彼は二、三度瞬きをすると、自分が寝落ちしてしまったことを思い出して飛び起きた。


「ふ、冬陽!」


 いつの間にか、冬陽のベッドにはカーテンが掛けられていた。夏樹は、そのカーテンの中から伸びる手を握ったまま寝ていたようだ。


 背中が少し熱い。陽が当たっているようだ。そんなことは意を介さずに、夏樹は勢いよくカーテンを開ける。


 そこには、眠り姫がいた。


 白い肌に、綺麗な黒髪。程よい膨らみの胸が上下し、夏樹の手を握る指は白魚のように細く美しい。


 カーテンが勢いよく開けられる音が聞こえたのか、眠り姫は、少しだけ眉を顰めると、ゆっくりと目を開いた。


「んっ……。あ――れ? ……ここは?」


 ぼんやりと天井を眺めた少女は、ふと頭をこてんと倒して夏樹を見た。


「あ……。な、つき?」


 柔らかく、控えめな性格が滲み出たような、そんな細い声。


 それを聞いた瞬間。夏樹の頬を、涙が零れ落ちた。


 涙が一筋流れると、あとの決壊は早かった。


 元の冬陽。その冬陽の手を握りしめながら、夏樹はむせび泣いた。


「えっ、どうしたの夏樹? ……えっと、わたし――一体どうなって」


 ただ混乱する冬陽に、夏樹はただ一言だけ告げた。


「おかえり、冬陽」


 冬陽が戻ってきたことが、夏樹はただ本当に嬉しかった。


 しかし、夏樹自身も頬を流れる涙の意味は分からなかった。


 嬉しいから涙が出たのか、それとも悲しいから涙が出たのか。


 ――後の夏樹は、当時を思い出しても、どっちか分からなかったと、冬陽に言った。


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