第64話 最後のデート

「お兄ちゃん。明日さ、一日だけわたしの恋人になってくれない?」


 冬陽がそんなことを言い出したのは、夏樹が作った豪勢な夕飯を平らげた後だった。


 夏樹は、「けふっ」っと満足そうにお腹を叩いた冬陽に怪訝な視線を向けた。


「なんだよ、突然。お前は恋のキューピットじゃなかったのかよ」


 残した唐揚げをタッパーに詰めながら、夏樹はリビングでくつろぐ冬陽を見やる。


「いやいや、キューピットでも恋がしたいわけですよ。それに、わたしだってお兄ちゃんと最後に思い出くらい作りたいもん。このまま消えたくないし」


 そう言われてしまうと弱い。それに、冬陽の願いだ。断るつもりもない。


「分かった。んじゃ、明日はデ、デートってことで」

「いひひっ。やった」


 小さい時と変わらず、冬陽はいたずらっ子のように笑う。


 その笑顔がもう見られないと思うと、夏樹の胸が痛んだ。


 しかし、冬陽は決めたのだ。自分も冬陽の決断を無駄にせず、受け入れて前に進まなくてはいけない。それが、クランの患者を見送る者の義務だと、夏樹は思った。


 頭を振った夏樹は、リビングでくつろぐ冬陽に言った。


「なあ、冬陽。どこか行きたい場所とかあるか? 連れてってやるぞ?」

「んー。遊園地デートとか、ベタだけど憧れるかも」

「んじゃ、遊園地デートで決定だな。時雨市の郊外に、少し小さめだけど遊園地もあるし、明日はそこでデートだな」

「やった! わたし、楽しみにしてるからね!」


 いつもより少し高めの声で、冬陽は喜ぶ。


 冬陽を笑顔で送り出すためにも、明日は気合を入れてデートに臨まなければ。

 夏樹はそう思いながら、明日のプランを頭の中で練り始めた。



 その後、夏樹と冬陽は遊園地に行き、デートを楽しんだ。


 ジェットコースターや観覧車。幽霊屋敷にメリーゴーランド。写真や動画もいっぱい撮って、気が付くと既に夕日は落ちていた。


「どうして、楽しい時間ってあっという間なのかな」


 冬陽は、濃紺の星空を見上げながら呟いた。


 バスの中、客は自分たちだけだ。駅から遊園地を経由して医療センターに向かうバスは、この時間にもなると客がほとんどいない。


「はぁ。もっと、お兄ちゃんと一緒にいたかったなー」


 夏樹の肩に頭を寄せる冬陽が、溢れる想いを漏らすように呟いた。


 じわりと、冬陽の声に涙が滲んだ。となりで、冬陽は泣いている。


 自然と、夏樹の目にも涙が溜まった。


「お兄ちゃん。わたしのこと、好き?」

「……ああ。大好きだ」

「――よかった。そう言ってもらえただけで、わたしは満足だよ」


 恋愛対象として、とは訊いてこなかったところに、夏樹は冬陽の心情の変化を感じた。


 涙をほろほろと流しながら、冬陽は満ち足りたように微笑んだ。


「わたしも、お兄ちゃんが好き。大好き」


 ――まもなく、終点。医療センター前です。運賃は、運賃箱に――

 夢のような一か月が、もうすぐ終わる。


 もう一人の冬陽との、不思議な一か月が。

 もうすぐ……

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