第55話 翌日
水橋を撃退した翌日。冬陽は朝からぶーたれていた。
「お兄ちゃん。わたしを置いて他の女とデートってどういうこと?」
彼女はフレンチトーストにフォークを突き刺しながら、頬を膨らませる。
小さい頃と同じように、冬陽の髪はぴょんぴょんと寝癖が跳ねていた。夏樹の紺のジャージを着た冬陽は、余った袖が食事で汚れないように袖を捲ってからフレンチトーストを口に放り込む。
「デートじゃねえよ。小日向に呼ばれたんだ」
一方、夏樹は洗い物を片付けながら反論する。
昨日、水橋が教師に対して暴力を振るい停学になったと担任から聞いた後、小日向は夏樹に明日の祝日の予定を訊いてきたのだ。もちろん、いつも世話になっている夏樹は二つ返事で「もちろん! ちゃんと空けておく!」と快諾した。
冬陽は小日向の名前が出たのが気に食わなかったのか、形の良い眉を八の字に曲げた。
「それがデートだって言ってんの。ほんと、お兄ちゃんってば鈍感なんだから」
「むっ。だったら、若菜ちゃんとお前が今日ここで会うのはデートなのか?」
「は? そんなわけないじゃん。わたし達は友達――いや、同じ病気を抱える仲間よ」
「だったら、俺たちはさしずめ保護者会ってとこだな。俺が小日向と会う時は、いつもお前の相談ばっかりしてるし。小日向が困ってたら、俺も助けになりたいし」
「むーっ。理屈は通ってるけど許せない」
「なんだよそれ。いいから、それ食って部屋の片づけしとけよ? 若菜ちゃんにだらしないところ見せないようにな」
「はいはい。って、もう若菜さんには大分見苦しいところ見せてる気が……」
「だからって見せていいことにはなんねえだろうが」
洗い物を片付け終わり、タオルで手を拭くと夏樹は壁に掛かっている時計を見た。
時刻は9時半。寝坊した冬陽に付き合っていたら、もうこんな時間だ。
「よし。そろそろ出るか。おい、冬陽! 家の鍵は常に締めておけよ? あと、若菜ちゃん以外の人を入れたらダメだからな」
「はいはい。わかってますよー」
ニュース番組を不機嫌そうな顔で睨みながら、冬陽は手でしっしっと夏樹を追い出す素振りをする。
本当に聞いてんのか? ついつい夏樹はそう言いたくなったが、言ったところで冬陽の様子だと馬の耳に念仏だろうと思い、言うのをすんでのところで止めた。
やり場のない苛立ちを溜息に変えて、夏樹はリビングを後にする。
「んじゃま、行ってくる」
「ん。いってらっしゃい」
一瞬だけ、不満そうな冬陽の横顔が夏樹の目に映る。そのままリビングの扉を閉めようとした時――
「――早く、帰ってきてよね。わたしを待たせたら、承知しないんだから」
テレビを睨みながら、冬陽は少し頬を染めて呟いた。
「ああ。出来るだけ早く帰ってくる。約束だ」
そう言って、今度こそ扉を閉めた。
玄関に進み、靴に履きかえる。
なぜだろう。先程までの苛立ちは、胸の中から消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます